群青の途
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その後、蝶飾りの女の人に連れられ、私達は蝶の沢山いる屋敷──蝶屋敷というらしい──に到着した。
連れてこられてすぐ、私はまず体の検査をされることになった。蝶飾りの女の人──胡蝶しのぶ、という名前らしい──に連れられながら、私は長い廊下をひたひたと歩いていた。
「あら、しのぶ。お帰りなさい」
「姉さん」
「……そこの女の子は、──! 貴方、私を助けてくれた!」
すると、廊下でもう一人、前に助けたことのある蝶飾りの女の人に出会った。女の人は私を見て驚いた顔をした。
あの時の血みどろの記憶が蘇り、私は思わず女の人に怪我がないか確認しようと手を伸ばす。
女の人の腕やお腹付近を軽くさすり、ぺたぺたと怪我がないかどうかを確認した。
「ふふ、もう大丈夫よ。貴方が助けてくれたおかげでね。……そうそう、私の名前分からないわよね? 私は胡蝶カナエ。この子──胡蝶しのぶの姉です」
そんな私に、女の人──胡蝶カナエは、にこにこと微笑み私の頭を撫でた。そうか、怪我は治ったのか。良かった……無事で本当に良かった。
「姉さん、今から検査があるから、そろそろ」
「まぁ、引き止めてごめんなさい! また後で会いましょう」
そう言うと、カナエは軽く手を振りながら歩いていった。そんな姿を私はぼーっと見つめていた。
しのぶに連れられ、再び歩き出した私は一つの部屋に辿り着いた。どうやらここで検査を行うらしい。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。すぐに終わりますか らね」
部屋に辿り着き、しのぶはテキパキと検査の為の道具の準備を始める。かちゃかちゃという金属音や、がさがさという紙袋の音が静かな部屋に響く。指定された椅子にぼんやりしながら座る私は、その動作を何の感慨も無くただただ見つめるのみだった。
一通りの準備が終わったのか、しのぶは少し動きを止めると不意にこちらに目を向けた。振り向いたしのぶは、今までのにこにことしていた顔つきではなく、まるで今にも泣き出しそうな顔で笑っていた。
「──姉さんを助けてくれて、ありがとう」
そう言い眉を下げさせ笑ったしのぶの姿は、まるで蝶のように儚く美しいものだった。
***
「さあ、検査も終わったことですし、少し見なりを整えましょうか」
一通りの検査が終わり、道具を片付けたしのぶがそう言った。「まずは体を清めましょう」と、しのぶに言われ風呂へと連れて行かれた。血や泥で汚れた体を洗い、乱れた髪やぼろぼろになった着物も直された。私を洗うしのぶの手つきは、妙に手慣れていた。
部屋に備え付けられた姿見で見た自分の姿は、ここに来る前──森の中、水溜りで見た自分とは大違いに綺麗になっていた。汚れた髪飾りも綺麗に洗ってもらい、髪に付け直した。よくよく見れば、その見目はあのシーツの鬼とそっくりであった。
「とても綺麗になりましたね。とりあえず、炭治郎くんと禰豆子さんに会いに行きましょうか。そして流石は双子というべきでしょうか……こうして見ると、やっぱり禰豆子さんと似てますね」
そう言われ、しのぶについて行く私はまるで親鳥の後をついて行く雛鳥のようだ。あっちについて行き、こっちについて行く様子はその表現がぴったりだろう。
歩いていれば、向かう道中にばったりと炭治郎に出会った。炭治郎は綺麗になった私を見て、その澄んだ目を見開かせた。
「なまえ、綺麗さっぱりになったな! やっぱり禰豆子と並んで、町では評判の美人だっただけある」
うんうん、と得意げな顔で頷く炭治郎。なんだかとても嬉しそうな様子だ。
そんな炭治郎に対し、しのぶは「炭治郎くん、丁度良いところに。この後なまえさんのことを預かってくれません? 私は少し所用があるので」と言う。炭治郎はそれに笑顔で肯いた。
私のことを炭治郎に任せたしのぶは、「では」と美しく微笑し一言だけ残して去っていった。
しのぶの行った先を見つめていた私の手を炭治郎が取る。
「行こう、なまえ。禰豆子に会いに行こう。それと、俺の友達にも」
自ら歩き出す気配のない私を、炭治郎が手を引いて歩き出した。握られた手はほんのり暖かく、まるで日の光のように感じられた。
少し歩き、どこかの部屋へと案内された。炭治郎が部屋の戸を開け、手を引かれる私がその後に続いた。日の光の届かないその部屋で、炭治郎が「禰豆子、起きてるか? なまえを連れてきたぞ」と声をかけた。
すると部屋の奥の方でがさがさと物音がしたのち、ゆっくりと誰かが歩み出てきた。出てきたのは、前にシーツを被って籠の中の私を覗き込んでた鬼──禰豆子という名──だった。
禰豆子は私達を認識すると、たっと走り出してきた。そしてそのまま私の元へ飛び込んできた。
突然飛び込まれた私は、倒れこそしなかったものの少し体が揺らめいた。それでも倒れるものかと踏ん張り、禰豆子を受け止める。
禰豆子は私の頸へと手を回し、ぎゅうぎゅうと力一杯抱きしめている。何て力だ、流石は鬼なだけある……。
「うう……」
「こらこら禰豆子、嬉しいのは分かるがなまえが苦しそうだぞ」
「むー……」
軽く笑う炭治郎が抱きつく禰豆子を嗜める。禰豆子は眉を下げ、少々不満そうであった。
そんな風に三人で過ごしていると、外から誰かの声が聞こえた。
「おぉい、炭治郎ぉ〜……いきなり禰豆子ちゃん走ってっちゃったけど、大丈夫だっ、……」
語尾を伸ばしながら登場したその人は、私達を見てびたっと動きを止めた。
そしてふるふると震えながら、私達の方を指差す。
「えっ、えっ!?!? ね、禰豆子ちゃんが二人ィィィ!? 美女が二人に増えてる!!! 何で、何でぇ!?」
そしてぎゃーぎゃーと騒ぎ出した。あまりに大きな声量に、炭治郎は困った顔をし、私と禰豆子は互いに軽く眉を顰める。
「こっちはなまえ。なまえも俺の妹で、禰豆子の双子の片割れだ」
「お前ッ……こんなに美人な妹二人もいるって……! ずるいじゃん!!」
炭治郎が私のことを紹介すれば、金髪のその人は「羨ましいィィィ!!」と叫びを上げている。何だこの人……と、私が今まで会ったことのない人種に困惑していれば、金髪のその人は急に真面目な顔になった。そして私の手を取った。
「初めまして、なまえちゃん。俺は我妻善逸。炭治郎とは親友の仲です」
そうキリリとした顔で自己紹介をしてきた。それに対しどう返せば良いのかも分からず、どうしようかと思った私は、持たれていなかったもう一方の手を取られた手に重ねた。
その途端、善逸はびゃっと宙に浮き上がった。それに驚いた私が手を離すと、それも気にならないのか善逸は、
「ねぇ炭治郎見てた!? なまえちゃん今俺に手を重ねたよ!? ああなまえちゃん、もう結婚だなんて、そんな……ウィッヒヒ」
と不気味な笑い声を上げていた。そして緩みに緩んだ顔でくねくねと自らの頬を抑えている。
この人ちょっとおかしいのかも……と私が失礼なことを考えていると、廊下の方でドタドタと騒々しい足音が聞こえてきた。
そしてその足音はこの部屋の前で止まったかと思えば、ばーんと騒がしい音を立てて戸が開かれた。
勢いよく開かれた戸の先に立っていたのは──猪……?
「おい! 訓練の時間だぜ!! ……あ? お前、新入りか!」
声高に訓練の時間だと告げた猪(?)は、見たことのない私に気付いたのか、どかどかとこちらへと歩み寄って来る。
そしてこちらをじーっと数秒見つめ、
「お前、中々強そうだな! 俺様の本能が言ってるぜ! よし、お前も子分三に続けて子分四にしてやるよ!」
と、自信満々にそう告げてきた。そして「お前ら! この俺、親分の伊之助様についてこい! 猪突猛進ー!!」と元気よく叫びながら、来た時と同じようにどすどすと足音を立てて嵐のように去っていった。
その様子をぽかーんと見ていた私は、猪──恐らく伊之助という名前──が去ってからはっとした。
あの人……顔が猪だったけど……にん……げんなのかな……。
「もう訓練の時間か。……禰豆子、なまえ。訓練が終わるまでここで過ごしていてくれ。終わったら戻ってくる」
「じゃあねぇ禰豆子ちゃん、なまえちゃん……。辛い訓練乗り越えて、絶対に生きて戻ってくるからね!!」
そう言って部屋から出ていった二人。炭治郎は私と禰豆子の頭を撫で、善逸は部屋を出て行くまでずっと手を振っていた。
さてこれからどうやって過ごそうか……と思っていると、不意にくいっと着物の裾を引かれた。引かれた先を見れば、禰豆子が嬉しそうな顔で「むー!」と敷かれた布団を指さしている。
布団がどうしたんだろうと不思議に思っていると、ぐいぐいと私を引いていった禰豆子はそのまま私ごと布団へと潜り込んだ。大きな布団は二人が入ってもはみ出ることもなく、寧ろ二人にはぴったりであった。
そしてそのまま瞳を閉じ寝始めた禰豆子を見て、私は軽く瞠目した。鬼でも寝ることがあるんだ……。
同じように私も眠ろうとしたが、裁判の時は眠気があった筈なのに今はそれが微塵も感じられなく、私は眠ることができなかった。
結局、禰豆子が寝ている横で、私は炭治郎が帰ってくるまでぼーっとしながら時を過ごした。
***
「禰豆子、なまえ……戻ってきたぞ」
部屋に静かな声が響き、私はぼーっとしていた意識を覚醒させる。横たわっていた布団から身を起こせば、戸の先には訓練を終えた炭治郎がいた。
私は未だ隣に眠る禰豆子の肩をぽんぽんと叩く。少し身を捻った後むくりと起き上がった禰豆子は、まだ寝足りないのか細めた目を擦っている。
炭治郎はこちらへと歩いてくると、私達が寝ていた布団の端に腰をおろした。そして炭治郎は私達二人の頭を撫でると、私の方に目を向けた。
「なまえが今までどうやって過ごしてきたのか、教えてくれるか?」
と尋ねてきた。別に隠すことでもないので、私は拙いながらも覚えている限りの今までのことを話した。
気付いたら鬼だったこと、人は喰いたくないから人を鬼から守っていたこと、時には欲望に負けそうになったこと、それでも我慢したこと。
話を聞いた炭治郎は「なまえは、今までたった一人で頑張って来たんだな……! よく頑張ったな、流石はお姉ちゃんだ」と、涙ぐんだ声色で言った。禰豆子は私を慰めるかのように、頭を撫でている。
そして、今度は私が一番聞きたかったことを質問した。
「──あなた、たちは、だれ?」
その質問を発した途端、炭治郎はひどく悲しそうな顔をし、禰豆子はうるうると涙を浮かべて動きを止めた。
なんで、私達は他人なのにそんな悲しそうな──泣きそうな顔をするんだろう。
不思議に思う私が頸を傾げると、炭治郎は、
「俺達は──なまえの家族だよ。昔も今も、勿論これからも」
「むぅー……」
「か、ぞく……」
「なまえは……覚えていないのか?」
と、悲哀を滲ませた調子で言った。禰豆子もそれに同調するように喃語のようなものを発する。それにもいまいちピンとこない私。
でも、その時頭の中でかかっていた霧が轟く感覚がした。霧の先からはほのかに暖かな気配が感じ取れ、それが何故だかとても手離しがたくて。何故今そう思ったのかは、分からないけど。
「わから、ない、だれ、なのかな……。でも、わか、らないのに、なんだか、とても、」
──やさしくて、あたたかくて、とてもたいせつだったかんじがする。
その言葉を聞いた二人は、唐突に私に抱きついてきた。二人がぎちぎちと腕を締めるので、私は抱きしめられる体が少々痛んだ。そして、ぐすっという鼻をすする音が聞こえた後に炭治郎が言った。
「なまえのことも禰豆子のことも、俺が絶対に人に戻す! なまえの記憶も取り戻してやるからな!」
そう叫ぶその姿が──、
『俺が稼いで、生活を楽にさせてやるからな』
──記憶の中の“誰か”と重なった。
11
(鼻がツンと痛むのと同時に、炭治郎は思った。)
(“たとえなまえが記憶を忘れてしまっていても、家族の絆は生きている”のだと。)