群青の途
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見たことのない二人をただぼーっと見つめていると、シーツの鬼が籠ごと私を抱きしめてきた。その上から、更に赤みがかった髪の男の子が私達を抱きしめる。
「良かった…… なまえ、本当に良かった……!」
赤みがかった髪の男の子が、今にも泣きそうな声でそう言った。その顔は見えなかったけど、きっと瞳に涙を浮かべているのだろう。
いきなり誰なのかも分からない人達に抱きしめられ、私は困惑して固まった。困惑はしたけれど──その腕の中は、泣きたくなるなるほどに……暖かかった。
「その子は、炭治郎の知り合いなのかい?」
「っはい、そうです! なまえも──俺の妹で! 禰豆子の双子なんです! あの日、なまえは鬼に喰われてしまったと思っていたけど、生きててくれたんだな……!」
心地の良い声の人が、私を抱きしめる男の人──炭治郎、という人に問う。それに対し炭治郎は、私が彼の妹であると言った。
──……私が、この人の妹?
何も分からない私には、状況がよく理解できなかった。なんで、この炭治郎って人は私のことを知っているの? 私は、この人を知らないのに。
私を抱きしめる力を強くした炭治郎は、いきなりはっとした顔になり、声に焦りを滲ませた。
「なまえは、これからどうなるんですか!?」
「頸は斬らないよ。人を助けることのできるなまえのことは禰豆子同様、鬼殺隊で保護しようと思っている」
シーツに遮られているせいで周りの様子は窺えなかったが、心地の良い声の人は微笑んでいるのが想像できた。その返事を聞いた途端、炭治郎の雰囲気がほっとしたようなものに変わるのを感じた。
──しかしそれと同時に、大勢の人達から不満げな雰囲気も感じ取れた。
「ハッ、聞けばそいつ、今までずっと鬼を狩って過ごしてきたんだろォ? 血の気の多い鬼だ、血を見れば飢えて襲いかかってくるに違いねェ」
大勢のうちの、誰か男の人がそう言い放つ。そして砂利を踏む音と共に、その人がこちらへと歩き寄ってくる音がした。
近づいて来た男の人が「おら貸せ。どうせ人助けの合間に隠れて喰ってたんだろうからよォ」と言ったかと思えば、突然浮遊感に襲われた。台詞から察するに、シーツの鬼は引き剥がされ、どうやら籠を持ち上げられたみたいだ。
「なまえからは、人を喰った鬼の酷い匂いはしない! なまえは人を食べていないし、そんなことも絶対にしない!」
炭治郎がむっとした声で叫ぶ。
そうだ、私は人を食べなかったよ。頑張ったんだ、『──達』に支えられながらも。
「前に伊黒が言っていた通り、“身内なら庇って当然”だ。本当に人を食べないんだったら、ド派手に証明してみせろ」
「その鬼は下弦を抑えるほどの実力があるのだろう! 油断は禁物! いつ牙を剥くか分からない!」
「嗚呼、折角会えた生き別れの家族が鬼になっているとは……可哀想に……南無阿弥陀……」
叫ぶ炭治郎に、複数人の男の人が口を開く。
それと同時に「お館様、再度失礼仕る」と近距離から聞こえ、一瞬の揺れに襲われた。そして唐突な衝撃が加わり、私は籠の外へと放り出されていた。
籠から放り出された私は畳の上を勢いよく滑り、館の中にある襖へと頭をぶつけた。
「(こんな小さな子が下弦を倒したの……!? 可愛くて強い子なのね!)」
「(あの石の形……何かに似てる……)」
その衝撃に目を回しながらも立ち上がれば、目の前には、黒い詰襟をはだけさせた傷だらけの大きな男の人。
──そしてその男の人は、あろうことか私の目の前で、手に持った刀で自分の腕を斬りつけた。
一体この人は何をしているんだ、早く手当てをしなければ。
そう思ったのも一瞬で、男の人の腕から血が滴り落ちた瞬間、私はこれ迄に味わったことのないほどの甘美な香りを感じた。
「テメェが散々浴びてきた血──それも極上の稀血だァ。ほら、喰らいつけよ」
「駄目だ、なまえ! 耐えるんだ!!」
「むーー!!」
周りで人々が何か叫んでいるようであったが、今の私にその声は届かなかった。
微かに聞こえていた周りの声が遠のく。まるで耳に心臓があるのではないか、という程にばくばくとした心臓の音が耳元で鳴り響く。口の中が潤い、目の前のとっておきのご馳走に涎が溢れ出しそうになる。
「ゔ……ゔ、」
私の唸り声が口から漏れ出す。
──だめだ、だめだ、食べちゃいけない! 美味しそうだなんて、思わない!
それなのに、私の体は勝手に獲物を求める。目の前の誘惑的なそれから目を逸らし、意識をも逸らそうと手に爪を立てる。鋭利な爪は皮膚を簡単に裂き、手に血が滲む。
でも、もう……我慢できない……。私、ここまで何も食べずに頑張ったんだから、少しくらいならいいかな……。
──そう思ったその瞬間、私の見ていた光景が、がらりと変わった。
目の前の男の人が消え、畳も襖も消え去った。残ったのは、暗い暗い闇。
闇が広まる真っ黒なその空間に、いつの間にか私は立っていた。
ここは、一体どこ? 何で、私、いつのまに……。
──途端、半開きになっていた私の口を誰かが覆った。私の口を覆ったその手はいきなり現れたが、何故だか、不気味に思ったり驚くことはなかった。
私の口を優しく塞いだ手、それに続き、着物の両裾が引かれる。そして腰には誰かが抱きつき、ぶらりと垂らされた手を誰かが握った。
──そうだ……。私には……誰なのかは分からないけど、大切な人達がいた。
──人は絶対に食べない、食べるものじゃない。そう教えてくれたのは、私の大切な、大切な──!!
広がっていた闇が晴れ、私は元の場所に戻っていた。
今もお腹は空いているけど、もう“食べよう”なんて酷いことは感じなかった。
私は、そうして目の前の男の人から顔を背けた。
「──!!」
「なまえ!!」
「(やはり、この者達は……何か違うのかもしれない)」
顔を逸らした私の顔から冷や汗が垂れる。力強く握っていた手からも、血が滲み出していた。
「なまえはどうしたのかな」
「もう一人の鬼の女の子は風柱様から顔を背けました」
「目の前に血塗れの腕を差し出されても手を出さなかったです」
「──これでなまえも人を襲わないことが証明されたね」
気づけば何やら話が進んでいた。心地の良い声の人と、その人を支える子供達が何かを話していた。
すると、横からいきなり衝撃が走った。どん、という音と共に私は畳へと倒れる。
「チッ、また成果は無しか。一度だけではなく二度も鬼に血を拒まれるとは……お前の血は本当は不味いのではないのかね、不死川?」
「そう言うんだったらテメェでやってみればどうなんだァ?」
「二人ともやめてください、お館様の前ですよ」
なんだなんだと横を見れば、「なまえ、頑張ったな……!」と私に覆いかぶさる炭治郎と、シーツの鬼。シーツの鬼は私に抱きつきつつも、その手で倒れている私の頭を撫でていた。
何がなんだか理解できず、ぼんやりと他人事のようにその光景を見ていれば、言い争っていた男の人達は静かになっており、今度は女の人が何やら話していた。
「 なまえさんも、うちの屋敷で預かりましょう。兄妹で一緒にいた方が心配も少なく、安心もできるでしょうから」
「しのぶさん……ありがとうございます!」
どうやら私は、あの蝶飾りの女の人のもとで預かられることになるようだ。
「では、今日はこれで終わりだ。皆、今日は集まってくれてありがとう」
心地の良い声の人が、お開きの言葉を告げる。それに対し、大勢の中の一人が何やら難しい言葉で返していた。そして心地の良い声の人は、床に倒れている私達の方に顔を向ける。
すると、私に覆いかぶさっていた炭治郎は体を起こした。シーツの鬼は未だに私の頭に手を置いている。
「炭治郎も、これからも頑張るんだよ」
「はい!! 俺と禰豆子、そしてなまえは、絶対に鬼舞辻無惨を倒します! 勿論、十二鬼月も!」
元気よく返した炭治郎。何故その中に私も入っているのかはよく分からない。
そうして鬼として許された私は、蝶飾りの女の人に連れられ別の屋敷へと向かうのであった。
10
(再会した兄妹達は、それぞれが何か大切なものを失っていた。)
(愛する家族に、人としての“存在”、そして、記憶。)