生まれ変わったら猫でした。
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「……傷一つも許しはしない」
「ご心配なさらず、私めにお任せください!」
ぶっすりと不機嫌な雰囲気を隠そうともしない無惨さまに、にこにこと童磨が笑い返した。
一方私は、そんな童磨の腕の中に大人しく収まっている。
一体何故こんなことになったのか……それは数分前に遡る。
***
──べん。
することも特にないまま部屋で寝転がっていた時、唐突に琵琶の音が鳴り響いた。「あっ」と状況を理解する前に、気付けば私は既に無惨さまの腕の中にいた。
「……なまえ」
上から無惨さまが私を覗き込んでいる。
無惨さまはいつもとは違う洋装で私を抱いていた。毛つくかもしれないけど大丈夫なのかな?
それはそうと鳴女ちゃんを使ってまで急に呼び出したということは、何かしら用事があるのだろう。
何かあるのかな、と想像を巡らそうとしたその時、続け様に琵琶の音が響いた。
瞬間その場にもう一つ気配が増え、私はそちらに顔を向けた。そこにいたのは、
「──おや、無惨様! どうかなさいましたか?」
緩やかな眉毛に煌く虹色の瞳、白橡色の髪色をした男。──上弦の弐、童磨だ。
「今日はお前のところになまえを預ける。明け方までだ」
途端その形の良い眉を歪めた無惨さまが、わかりにくく不親切に説明をした。この説明では童磨どころか私も状況が分からない。何故童磨のところに預けられるのかとか……。
「……?」
私は無惨さまを下から伺うように見つめた。くりっくりの目を最大限に活かして。くらえ! 必殺、猫被り!
恐らく今の私の姿は無惨さまには効果抜群だろう。無惨さまは意外に猫を気に入ってるらしいのだ。猫好きな貴方にはキ○ィちゃんとかおすすめだよ。
「…………今日は無限城に鬼を集める。お前がいると、しんぱ……じゃ…………危険だ」
いやめちゃくちゃ言い換えるな? 心配とか邪魔とか言いかけたよね。でも結局邪魔って言うのはやめたみたいだし、なんだかんだ言って心配はしてくれてるのだろう。
そうして私の目力(笑)に敗れた無惨さまはあっさりと事情を話してくれた。(それでもまだ若干適当ではあるが)
「なるほど、そういう訳ならば定住している私のところが一番都合が良いですね!」
事情を理解した童磨が明るく言う。そして「勿論お受けしますとも」と快諾の返事を伝えた。
そして無惨さまは少しの沈黙の後、渋々といった感じで私を持ったまま童磨に近寄っていった。
脇の間に手を入れられ、持ち上げられた私が童磨の方へと差し出される。なんかお別れ感半端ないな……。
童磨は私を受け取り、その腕に抱えた。なかなかどうして、存外童磨は猫の抱え方がうまかった。安定感がすごい。そして何より安心感が。
そうして新たな安心感に感動している私はふと無惨さまの方を見つめた。
その様子を見た私は思わず小さく悲鳴が出るかと思った。それぐらい、無惨さまは人一人今から殺しにいくような顔をしていたのだ。(しかしこれはあながち間違いではないのかもしれない)
そんな無惨さまに気付いているのかいないのか、童磨は普段通りの態度で応じている。メンタル強すぎか。
「……傷一つも許しはしない」
「ご心配なさらず、私めにお任せください!」
そうして話は冒頭に繋がる。
無惨さまはそう言い、その瞬間強く琵琶の音が鳴り響く。次に目を開けたときには、童磨と私は既に無限城から追い出されていた。
飛ばされた先はどこかの部屋の中だった。先の会話から、恐らくここは童磨の根城である万世極楽教の館なのだろう。
「さて、君は……なまえだったかな? くれぐれも危険なことはしないでくれよ。俺の頸が刎ねられてしまう」
垂れ気味の眉毛を更に下げて童磨が腕の中の私に告げた。しかし言葉と表情とは裏腹に、童磨から悲壮感は感じられない。まるでどこか他人事のようだ。
「うーん、でもどうしようか。まだ明け方まで時間がある。君を自由に行動させてもいいけど、万が一逃げられたりでもしたら少し面倒だしなぁ」
童磨が小さく唸り声を上げながら考えている。
私はそんな童磨の腕をよじ登り、その広い肩へと乗り上げた。いきなり動き出した私に童磨が「うん?」と不思議そうに見つめた。
「にゃおにゃー」
私は鳴き声をあげて、童磨に訴えた。
──どこにもいかないよ、と。
……ここだけ聞くとなんか感動的な台詞に聞こえるご、至ってそんなことはない。私はただ面倒事を起こしたくないだけなのである。
万が一逃げ出したり、問題を起こすと後が怖いのはお察しだ。私は平和に過ごしたい。
「……もしかして大人しくしてくれると言っているのかな?」
童磨が見事私の言いたいことを感じ取ってくれ、私は肯定するように自らの頭を童磨の頬へと擦り付けた。これぞ異種間コミュニケーション。そんな私に童磨はからからと笑った。
「うんうん、いい子だね。それじゃあ今日はゆっくり過ごすとしよう。俺も君を守らなくちゃいけないんだ」
童磨は頬擦りをする私を肩から下ろすと、再び腕に抱え直した。
そして大きな手を下から差し入れ、私の顎を撫で始めた。
それが意外になかなかうまい。絶妙な力加減で優しく撫でるその手は、今まで撫でられた中でも最高級の腕前といえる。
「あはは、君は素直だねえ」
あまりの気持ちよさに行動も忘れてフリーズした私を童磨が笑う。そのまま童磨は撫でる位置を変え、今度は耳の後ろ辺りをかくように撫で始めた。
そんな風にゆったりとした時間を過ごしていると、段々とリラックスと安心感で眠気が襲ってくる。そして私は我慢できずに欠伸をする。
その瞬間、大きく開けた口に異物が入る感覚がした。
ぼんやりとした頭だったので取り乱すことはなかったが、一体何だと瞑った目を開ければ、そこには笑顔で私の口に指を突っ込む童磨の姿があった。
私は顔を顰めて(童磨が猫の表情を感じ取れるかは分からないが)頭を後ろに引いた。なんで欠伸を邪魔するんだ!
少しむっとしながらも、私を撫でる童磨の手はやはり心地が良く、またすぐにほわほわとした感情が湧き出る。
そうしていれば、再び欠伸が私を襲いかかる。ふあ、と大きく口を開ければまたしても童磨が指を入れてきた。もはや『にこ!』という擬音をつけられるレベルの笑顔だ。
「……」
満面の笑みを浮かべながらすかさず指を入れてくるこの男がよく分からない。なんなんだ、構ってちゃんか?
思わずその指噛み切ってやろうかなんて野蛮な考えが脳内をよぎるが、私は善良な猫なのでそんなことはしない。飼い主とは食の文化が違うんです。
童磨に微かな不信感を抱きながらも、その腕から逃げ出すことはしなかった。
そうして私が極楽気分に浸っていれば、やはり眠気は治らない。今度は欠伸を噛み殺そうと堪えるが、堪えきれずに欠伸が溢れた。
その隙間に、やっぱり童磨は指を入れてきた。
「……………………」
こいつうぜ〜〜〜〜〜〜!!!!!!
とうとう我慢のならなくなった私はその指を猫パンチで叩き落とし、「ふしゃーっ」と威嚇をした。
憤怒する私を見て、目を丸くした童磨はくすりと笑い「ごめんね、つい面白くて」とにこにことまったく反省をしていない顔で謝罪を述べた。
そうしてくすくすと笑った童磨は私を腕の中から持ち上げ、何がしたいのか自らの頭の上……というか教祖帽子の上へと乗っけた。
途端高くなる視点に私は驚き眠気も吹っ飛んだ。
「確か、猫って高いところが好きなんだよね?」
怒らせたお詫びだとでも言うのか、そう言った童磨は私を頭に乗せたまま歩き出した。いきなり揺れ始めた足場に、落ちないように必死にしがみつく。
「少し散歩でもしようか」
確かに猫は高いところが好きだとよく言われるけど……なんでここ? 他にもあるでしょ、肩とか……。
不安定な童磨の頭上に、おおよそ覆いかぶさるような姿勢をとった。よし、これが一番安定する。
足を進める童磨の上で、私は周りを見渡した。勿論屋外ではないので景色を楽しめるというわけではないものの、こんな高さから周りを見渡せるのは初めての経験だったのだ。
猫になってからは当然、人間だった頃ですらこんな高さで歩いたことなどなかった。新鮮味のある光景に、思わず私は釘付けになっていた。
「それにしても、あの御方を骨抜きにするなんて。一体どんな手を使ったんだい?」
くすくす笑う童磨は特に答えを求めているわけではないのだろう。私からの返事がないことも気に留めていないようだった。
そうして童磨の独り言を聞きながら散歩しているうちに、私は再びうとうととし始めていた。心地よい高さの声を聞きながらゆるやかに揺れるせいで眠気が呼び起こされたのだ。ああ、眠気が呼び起こされるって、なんだか滑稽な表現だ。
最近は不規則な時間で生活していたから、疲れやすくなっていたのかもしれない。無限城からは基本的に外の様子が伺えない為、朝か夜かなんて中からでは判断できないのだ。
そして徐々に思考すらも朧になり、私はとうとう瞼を下ろした。
***
「ふふ」
頭上ではしゃいでいた猫の気配は、今となっては凪のように静かに落ち着いている。気配に敏感な童磨には、猫が自らの頭の上で寝ていることなど見なくても分かっていた。
あの御方から預けられた、不思議な生き物。あの冷酷な御方をあそこまで熱中させる生き物。
初めて目にした時にはうっかり頭を飛ばされてしまい、その様子を見たその生き物は──あろうことか、あの御方に向かって反抗的な態度をとったのだ!
あの瞬間、集められた上弦の鬼達の間には一抹の緊張が走った。そしてそれは、すぐに憐れみへと変わっていた。
ああ、終わったな。今日の会合の意味はまもなく無くなるに違いない。きっと次の瞬間には見るも無残な肉塊へと変わり果てるだろう、と。
しかしその予想を裏切り、なんとあの御方はその生き物を咎めなかった。それどころか、その生き物を気遣うような素振りを見せ、その責任を俺達に押し付けてきたのだ。あのお方がそういう暴挙を行うことは今に始まったことではないが、まさかその悪癖が、自分自信ではなく他の生き物のためだなんて!
飛ばされた頸なんかもうどうでもよくて、その時ばかりはその状況に期待が止まらなかった。
──なんて愉快なんだろう。
我らが従う鬼の首魁が、一匹の生き物にそこまで心酔している。心酔は過言だろうか。だが、あの様子を心酔と言わずして何と呼ぶと言うのか。
そうして今日、ようやく近くでこの生き物──猫を見る機会がやってきた。あの御方をあそこまでするほどなのだ。どんな凶暴さが出るかと思ったが、拍子抜けだった。
凶暴さどころか、武器の一つも持っていないような姿。否、それは言い過ぎか。爪や牙はあるようだが、鬼のそれには手も届かぬ程度。
自分の身すら守れるのか不安な程に小さく、弱々しい。
だから俺が守ってあげなきゃ、と思った。それはきっと、俺が『信者達を救ってあげたい』と思っているのと同じ。
あの御方から猫を受け取ってから、更にそれを実感した。少しでも力加減を間違えば壊してしまいそうだった。流石に頸が飛ぶのは勘弁だし、細心の注意は払った。
ただ、その感触から伝わってきた情報はそれだけではなかった。
抱える腕や掌に伝わる、“もふもふ”とした感触。試しに触れてみれば、それは手に吸い付くようなやさしい感触で。ほのかに伝わる体温の暖かさに心地よさを感じた。
するとその猫はいきなり俺の腕から抜け出し、肩に登った。そして一言鳴き声をあげ、頬擦りをしてきた。
その時に、俺は少しあの御方の気持ちが分かったような気がした。
鈴を転がすような可愛らしい音を鳴らし、ふわふわとした体毛は心地の良い感触がする。
──確かに、これなら側にも置いておきたくなるなぁ。
なんて、うちでも一匹飼おうかな? と思い至った程だ。しかし、猫はどうやら鼻もいいらしく、血の匂いに反応して逃げ出してしまうかもしれない。そのせいでここを鬼狩りにでも感知されたら厄介だ。
そんなことを考えながら、気づけば俺はいつのまにか猫を撫でていた。無心だった、これはいけない。間違って壊したりなんかしたら大変だ。
猫が欠伸をしたので、好奇心からその口に指を突っ込んでみれば、嫌そうな顔をしながら顔を後退させた。
それが面白くて、何度か繰り返せば怒られてしまった。しかしその様子すら微笑ましく見えるのだから、こりゃどこぞの始祖が絆されても無理はないとも思えた。
そうして反応を見るのも、感触を楽しむのも飽きが来なくて、今度は猫を連れて散歩へと出かけた。
どこかの書物で『猫は高いところが好き』だという情報を見たから、一番高い頭上に乗せてあげた。それは大正解だったようで、頭上からは興奮している気配が感じ取れた。
かと思えば静かになり、こんな高いところでも構わずに寝入る。
──なんて自由で愉快な生き物。
抑えきれなかった笑みが溢れた。
俺は、まだまだ君に興味があるんだ。
──だからどうか、まだ殺されないでおくれよ、なまえちゃん。
9(自由で愉快な)
(……!? 教祖様の頭の上に、何か乗って……?)
(あれは……え、猫?)
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