雨
ザァザァと降り続ける雨も今日で3日目だ。
梅雨の時期とは違う勢いのある冷たい雨は、寧ろ潔いかんじがして嫌いではない。
私は窓際の席で頬杖をつきながらいつものように、ぼんやりと外を眺めるが、同じ灰色の空も3日目となると少々飽きてくるものだ。
しっとりした空気と教室内のざわめきを鬱陶しく感じていたその時、
「私、雨って嫌いなのよね。髪の毛もうねっちゃうし!」
と彼女は私の前の席にすっと座りながら言い放った。
セミロングの整ったさらさらの髪の毛を指に巻き付けながらくるくると弄んでいる。
そんなさらさら髪で言うなど、くせ毛の私への嫌味かと思うほど私はひねくれてなどいない。
「美咲にも、嫌いなものあるんだね。」
と外から視線を外しそう返すと彼女、小山美咲はきょとんとした顔をしてからクスクスと上品に笑いながら
「そりゃぁね、あとはよく針が詰まるホッチキスなんかも嫌いよ。」
と相変わらず髪の毛をくるくる指で弄びながら言った。
美咲とは高校生になってから出会ったのだが、私と違って明るくて社交的、クラスの子からよく話しかけられていて、おまけに美人だ。そう、さらさらセミロングの。
きりっとした目に長い睫毛、上品な落ち着いた雰囲気を醸していて教師からも、男女問わず人気のある彼女から後ろ向きな発言を聞いたことがなかった。
そんな完璧そうでいて、でも心の奥の扉はしっかり施錠したような彼女はよく私のところへ話にくる。
所謂世間話なのだけれど。
「ちさとは?ずっと外眺めてるけど、なにか面白いものでも見つけた?」
美咲は大きな瞳でじっと私を見つめて聞いてきた。
「別にとくには。雨はね、くせ毛の大敵でしかないさ」
私は肩にかかるおさげをパタパタさせた。
相変わらず、毛先はあちこちに向かってくるくる巻いている。
これでもストレートアイロンしてるというのに。
実際、雨はそう嫌いでもなかったしだからといって何か甘酸っぱい思い出があるとか、そんなこともない。
とくに興味はないし自然には逆らえないのだから好きも嫌いも考えるだけ無駄だと思う。
「あ、でもあれだ。昔さ、ちょっとケガした日の帰り道が雨で傘なくてさ、ずぶぬれで寒くて冷たくて、ケガが痛いどころじゃなくなったのはある意味助けられたかも?」
あれはそう、私、西倉ちさとがまだ吉川の苗字だった頃…小学低学年だったかそこらだ。
機嫌の悪かった父親に缶ビールを投げつけられて庭に文字通り放り出されたことがあった。
あの日は1日冷たい雨の日曜日で、居室に置いたままのノートを取りに扉を開けた途端に物が襲い掛かった。
そして、放り出された。
膝もおでこも血が出て痛いのに、家にも帰れなくて近所をさまよってた、と思う。
冷たさは痛覚を麻痺させるんだって初めて知ったことを覚えている。
あの時は雨が涙を流してくれるし、痛みまで洗い流してくれたと幼いながらにありがたみを感じたのだった。
今、なぜこんな話を美咲にしたのか自分でも不思議だった。
「ま、ほら、雨のなか走って帰るのとかさ、案外気持ちよかったりしない?」
なんて適当に付け足して取り繕った。
わざわざ自分の話を深くする必要はないし、する気も毛頭ない。
ちらりと美咲を見やると、彼女はくるくる弄んでいた手を止めて少し考える素振りをしていたかと思うと急に両手をパンと合わせて
「うん、それいいね。採用。」
と満足げに言って席を立った。
彼女にいつもの愛想笑いなどなく、腑に落ちたようにすっきりした表情で颯爽と立ち去る美咲を呼び止める隙も理由もなかった。
授業が始まる合図が鳴り響く。
今日も1日中雨の音が響くのだろう。
彼女の気持ちさえ晴れてくれれば、天気などなんだって私は構わない。
だって美咲は私にとって———
いや、この話は今は必要ない。
梅雨の時期とは違う勢いのある冷たい雨は、寧ろ潔いかんじがして嫌いではない。
私は窓際の席で頬杖をつきながらいつものように、ぼんやりと外を眺めるが、同じ灰色の空も3日目となると少々飽きてくるものだ。
しっとりした空気と教室内のざわめきを鬱陶しく感じていたその時、
「私、雨って嫌いなのよね。髪の毛もうねっちゃうし!」
と彼女は私の前の席にすっと座りながら言い放った。
セミロングの整ったさらさらの髪の毛を指に巻き付けながらくるくると弄んでいる。
そんなさらさら髪で言うなど、くせ毛の私への嫌味かと思うほど私はひねくれてなどいない。
「美咲にも、嫌いなものあるんだね。」
と外から視線を外しそう返すと彼女、小山美咲はきょとんとした顔をしてからクスクスと上品に笑いながら
「そりゃぁね、あとはよく針が詰まるホッチキスなんかも嫌いよ。」
と相変わらず髪の毛をくるくる指で弄びながら言った。
美咲とは高校生になってから出会ったのだが、私と違って明るくて社交的、クラスの子からよく話しかけられていて、おまけに美人だ。そう、さらさらセミロングの。
きりっとした目に長い睫毛、上品な落ち着いた雰囲気を醸していて教師からも、男女問わず人気のある彼女から後ろ向きな発言を聞いたことがなかった。
そんな完璧そうでいて、でも心の奥の扉はしっかり施錠したような彼女はよく私のところへ話にくる。
所謂世間話なのだけれど。
「ちさとは?ずっと外眺めてるけど、なにか面白いものでも見つけた?」
美咲は大きな瞳でじっと私を見つめて聞いてきた。
「別にとくには。雨はね、くせ毛の大敵でしかないさ」
私は肩にかかるおさげをパタパタさせた。
相変わらず、毛先はあちこちに向かってくるくる巻いている。
これでもストレートアイロンしてるというのに。
実際、雨はそう嫌いでもなかったしだからといって何か甘酸っぱい思い出があるとか、そんなこともない。
とくに興味はないし自然には逆らえないのだから好きも嫌いも考えるだけ無駄だと思う。
「あ、でもあれだ。昔さ、ちょっとケガした日の帰り道が雨で傘なくてさ、ずぶぬれで寒くて冷たくて、ケガが痛いどころじゃなくなったのはある意味助けられたかも?」
あれはそう、私、西倉ちさとがまだ吉川の苗字だった頃…小学低学年だったかそこらだ。
機嫌の悪かった父親に缶ビールを投げつけられて庭に文字通り放り出されたことがあった。
あの日は1日冷たい雨の日曜日で、居室に置いたままのノートを取りに扉を開けた途端に物が襲い掛かった。
そして、放り出された。
膝もおでこも血が出て痛いのに、家にも帰れなくて近所をさまよってた、と思う。
冷たさは痛覚を麻痺させるんだって初めて知ったことを覚えている。
あの時は雨が涙を流してくれるし、痛みまで洗い流してくれたと幼いながらにありがたみを感じたのだった。
今、なぜこんな話を美咲にしたのか自分でも不思議だった。
「ま、ほら、雨のなか走って帰るのとかさ、案外気持ちよかったりしない?」
なんて適当に付け足して取り繕った。
わざわざ自分の話を深くする必要はないし、する気も毛頭ない。
ちらりと美咲を見やると、彼女はくるくる弄んでいた手を止めて少し考える素振りをしていたかと思うと急に両手をパンと合わせて
「うん、それいいね。採用。」
と満足げに言って席を立った。
彼女にいつもの愛想笑いなどなく、腑に落ちたようにすっきりした表情で颯爽と立ち去る美咲を呼び止める隙も理由もなかった。
授業が始まる合図が鳴り響く。
今日も1日中雨の音が響くのだろう。
彼女の気持ちさえ晴れてくれれば、天気などなんだって私は構わない。
だって美咲は私にとって———
いや、この話は今は必要ない。
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