人見知りのサナの話
サナの対人恐怖は、人間だけでなく「意思を持つ生き物」すべてに向けられていた。それは、研究所で暮らすポケモンたちに対しても同じだった。
自分に向けられる純粋な視線すらも、サナにとっては「品定めされている」ような、あるいは「出来損ないだと責められている」ような恐怖に変わってしまう。そんなサナの危うさを、聡明なポケモンたちは誰よりも早く察していた。
優しい嘘と、静かな気遣い
ガタゴト、と嵐の余韻が残る廊下に、サナの心許ない足音が響く。
その瞬間、リビングで寛いでいたククイ博士のパートナーポケモンたちは、一斉に動きを止めた。
いつもなら「アローラ!」と元気よく飛び出してくるイワンコは、ピんと耳を立てたあと、サナの足音だと気づくと慌ててソファの裏へと身を隠した。
天井近くを飛んでいたウォーグルは、音を立てないように優しく羽を閉じ、本棚の上の暗がりに同化する。
ガオガエンに至っては、その巨体を隠す場所がないと察するや否や、その場にゴロリと横たわり、大仰な大いびきをかいて「寝たふり」を始めた。
彼らはみんな、サナのことが嫌いなわけではなかった。
むしろ、ククイ博士が大切に想っている少女を、自分たちも歓迎したいと願っている。けれど、以前サナと目が合ったとき、彼女が過呼吸を起こしかけて激しく怯えてしまったのを見てから、ポケモンたちはひとつのルールを決めたのだ。
『サナが部屋から出てくるときは、僕たちは「いないもの」になる』
それが、彼らなりの最大級の優しさと気遣いだった。
パチ、とドアが開き、サナが恐る恐るリビングに顔を覗かせる。
サナはまず、部屋の中に「自分を見てくる生き物」がいないかを、きょろきょろと確認した。ソファの裏に隠れたイワンコの尻尾が少しだけ見えていたけれど、サナはそれに気づかない。ただ、静まり返ったリビングと、大音量で寝ているガオガエンの姿を見て、ホッと小さく胸をなでおろした。
「あ……みんな、寝てる……?」
蚊の鳴くような声で呟きながら、サナはキッチンへ向かい、コップに水を注ぐ。
ガオガエンは、薄目をあけてサナの様子をそっと伺っていた。
その足取りは以前よりほんの少しだけ軽くなっている。昨夜、嵐の中でククイ博士を心配して部屋を出てこられたことが、彼女の中で小さな自信になったのかもしれない。
(……フン、よく頑張ったじゃねえか)
心の中でそう呟きながら、ガオガエンは再び目を閉じ、わざとらしく大きないびきを響かせた。
水を飲み終えたサナは、そっとガオガエンのそばを通りかかる。いつもなら絶対に近づけない大柄なポケモン。だけど、眠っている今なら怖くない。
サナは小さく息を吸うと、本当に一瞬だけ、ガオガエンのふさふさとした胸毛に指先で触れた。
「……いつも、ありがと……」
消え入りそうな声でそう囁くと、サナは足早に自分の部屋へと戻っていった。
パタン、とドアが閉まる音がすると、リビングのあちこちからポケモンたちが一斉に顔を出した。ソファの裏から飛び出してきたイワンコは嬉しそうに尻尾を振り、ウォーグルも翼を広げる。
そして、サナに触れられたガオガエンはというと。
あの大柄な体を少し丸め、触れられた胸のあたりを大きな手で気恥ずかしそうに撫でながら、ふいっと顔を背けていた。その顔が、どこか嬉しそうに綻んでいるのを、見ていた仲間たちはみんな知っていた。
人間だけでなく、ポケモンたちもまた、不器用で優しい方法で、サナがいつか前を向ける日を静かに待ち続けている。
自分に向けられる純粋な視線すらも、サナにとっては「品定めされている」ような、あるいは「出来損ないだと責められている」ような恐怖に変わってしまう。そんなサナの危うさを、聡明なポケモンたちは誰よりも早く察していた。
優しい嘘と、静かな気遣い
ガタゴト、と嵐の余韻が残る廊下に、サナの心許ない足音が響く。
その瞬間、リビングで寛いでいたククイ博士のパートナーポケモンたちは、一斉に動きを止めた。
いつもなら「アローラ!」と元気よく飛び出してくるイワンコは、ピんと耳を立てたあと、サナの足音だと気づくと慌ててソファの裏へと身を隠した。
天井近くを飛んでいたウォーグルは、音を立てないように優しく羽を閉じ、本棚の上の暗がりに同化する。
ガオガエンに至っては、その巨体を隠す場所がないと察するや否や、その場にゴロリと横たわり、大仰な大いびきをかいて「寝たふり」を始めた。
彼らはみんな、サナのことが嫌いなわけではなかった。
むしろ、ククイ博士が大切に想っている少女を、自分たちも歓迎したいと願っている。けれど、以前サナと目が合ったとき、彼女が過呼吸を起こしかけて激しく怯えてしまったのを見てから、ポケモンたちはひとつのルールを決めたのだ。
『サナが部屋から出てくるときは、僕たちは「いないもの」になる』
それが、彼らなりの最大級の優しさと気遣いだった。
パチ、とドアが開き、サナが恐る恐るリビングに顔を覗かせる。
サナはまず、部屋の中に「自分を見てくる生き物」がいないかを、きょろきょろと確認した。ソファの裏に隠れたイワンコの尻尾が少しだけ見えていたけれど、サナはそれに気づかない。ただ、静まり返ったリビングと、大音量で寝ているガオガエンの姿を見て、ホッと小さく胸をなでおろした。
「あ……みんな、寝てる……?」
蚊の鳴くような声で呟きながら、サナはキッチンへ向かい、コップに水を注ぐ。
ガオガエンは、薄目をあけてサナの様子をそっと伺っていた。
その足取りは以前よりほんの少しだけ軽くなっている。昨夜、嵐の中でククイ博士を心配して部屋を出てこられたことが、彼女の中で小さな自信になったのかもしれない。
(……フン、よく頑張ったじゃねえか)
心の中でそう呟きながら、ガオガエンは再び目を閉じ、わざとらしく大きないびきを響かせた。
水を飲み終えたサナは、そっとガオガエンのそばを通りかかる。いつもなら絶対に近づけない大柄なポケモン。だけど、眠っている今なら怖くない。
サナは小さく息を吸うと、本当に一瞬だけ、ガオガエンのふさふさとした胸毛に指先で触れた。
「……いつも、ありがと……」
消え入りそうな声でそう囁くと、サナは足早に自分の部屋へと戻っていった。
パタン、とドアが閉まる音がすると、リビングのあちこちからポケモンたちが一斉に顔を出した。ソファの裏から飛び出してきたイワンコは嬉しそうに尻尾を振り、ウォーグルも翼を広げる。
そして、サナに触れられたガオガエンはというと。
あの大柄な体を少し丸め、触れられた胸のあたりを大きな手で気恥ずかしそうに撫でながら、ふいっと顔を背けていた。その顔が、どこか嬉しそうに綻んでいるのを、見ていた仲間たちはみんな知っていた。
人間だけでなく、ポケモンたちもまた、不器用で優しい方法で、サナがいつか前を向ける日を静かに待ち続けている。