もしも⚪︎⚪︎だったら?
アローラの風が心地よく吹き抜ける砂浜で、その日のサナは久しぶりに弾むような笑顔を見せていた。
体調が良い日の特権として、ククイの相棒であるイワンコとのおもちゃ遊びを許されたのだ。
「ほら、イワンコ! いくよーっ」
サナが握ったロープのおもちゃを投げると、イワンコは嬉しそうに尻尾を振りながら猛ダッシュでそれをくわえて戻ってくる。ウーッと喉を鳴らしながらロープを引っ張り合う時間が、サナにとってはたまらなく愛おしかった。
しかし、楽しい時間は一瞬の過ちで唐突に終わりを迎えた。
イワンコが興奮のあまり、ロープから滑った自らの顎をさらに強く噛み締めた瞬間。
ガチリ、と鈍い痛みがサナの右手に走った。
「っ……いた!」
イワンコがおもちゃと間違えて、サナの小さな手の甲を深く噛んでしまったのだ。
ハッと我に返ったイワンコが慌てて口を離す。そこには、小さな牙の痕からじんわりと赤黒い血が滲んでいた。
「サナ! どうした!?」
異変に気づいたククイがすぐに駆けつけ、サナの手を取る。
「ごめん、なさい……イワンコが興奮しちゃって。でも、ちいさな傷だから大丈夫……」
サナはイワンコを庇うように微笑んだが、ククイの表情は厳しかった。すぐに傷口を真水で洗い流し、念入りに消毒を施したものの――サナの脆弱な身体は、すでに限界を迎えていた。
イワンコの牙に付着していた目に見えない細菌が、傷口を伝ってサナの体内深くへと侵入してしまったのだ。
その日の夜から、サナの身体には異変が起きた。
傷口を中心に右腕全体が真っ赤に腫れ上がり、激しい痛みが彼女を襲う。それだけでは終わらなかった。細菌の感染をきっかけに、サナの免疫システムが完全に暴走を始めてしまったのだ。
「はか、せ……いきが……くるし、い……」
翌朝、ロフトのベッドで横たわるサナは、喘息のような激しい咳込みと、全身に広がった酷い蕁麻疹(じんましん)に苦しんでいた。
ククイが慌てて検査を行った結果、導き出されたのは最悪の診断だった。
細菌感染による急性アレルギー反応――それも、「ポケモンアレルギー」の発症。
サナの身体は今回の件をきっかけに、ポケモンの体毛や唾液、果ては彼らが放つ微量なエネルギーに対して、過剰な拒絶反応を示すようになってしまったのだ。
「そんな……じゃあ、私……もうイワンコと遊べないの……?」
酸素吸入器のマスク越しに、サナは絶望に満ちた声を漏らした。
大好きなアローラのポケモンたち。自分を癒やしてくれていた存在が、今や自分の命を脅かす天敵になってしまった。研究所の一階からは、自分がサナを傷つけてしまったことを理解し、悲痛な声で鳴き続けるイワンコの声が聞こえてくる。それが今のサナには、何より辛かった。
ククイはベッドの傍らに座り、自身の大きな両手で、アレルギーを恐れて怯えるサナの左手をそっと包み込んだ。
「サナ……。イワンコも、他のポケモンたちも、誰も君を嫌いになったわけじゃない。今は君の身体のバリアが、少しだけ敏感になりすぎているだけだ」
「でも、私……ここにいたら、みんなの迷惑に……」
「迷惑なことなんてあるか」
ククイは力強く、けれどどこまでも優しい声で彼女の言葉を遮った。
「アレルギーがあるなら、それに応じた環境を俺が作るだけだ。部屋の空気清浄を徹底して、俺が君に触れる時は完全に滅菌した状態にする。イワンコたちにも、しばらくは一階で我慢してもらうさ。……いいかいサナ、ポケモンと直接触れ合えなくたって、君がアローラの家族であることに変わりはないんだぜ」
ククイはサナの涙を拭い、彼女の頭をそっと撫でる。
ポケモン研究者である彼にとって、身近な人間がポケモンアレルギーになるのは、これ以上ないほど残酷な現実だった。それでも、ククイの瞳に迷いはなかった。
「どんな病魔が君を襲おうと、俺がその全てから君を守り抜く。だから、諦めるな」
隔離された薄暗い部屋の中で、サナはククイの手の温もりだけを頼りに、新たな過酷な現実へと立ち向かう心の灯火を、辛うじて繋ぎ止めていた。
体調が良い日の特権として、ククイの相棒であるイワンコとのおもちゃ遊びを許されたのだ。
「ほら、イワンコ! いくよーっ」
サナが握ったロープのおもちゃを投げると、イワンコは嬉しそうに尻尾を振りながら猛ダッシュでそれをくわえて戻ってくる。ウーッと喉を鳴らしながらロープを引っ張り合う時間が、サナにとってはたまらなく愛おしかった。
しかし、楽しい時間は一瞬の過ちで唐突に終わりを迎えた。
イワンコが興奮のあまり、ロープから滑った自らの顎をさらに強く噛み締めた瞬間。
ガチリ、と鈍い痛みがサナの右手に走った。
「っ……いた!」
イワンコがおもちゃと間違えて、サナの小さな手の甲を深く噛んでしまったのだ。
ハッと我に返ったイワンコが慌てて口を離す。そこには、小さな牙の痕からじんわりと赤黒い血が滲んでいた。
「サナ! どうした!?」
異変に気づいたククイがすぐに駆けつけ、サナの手を取る。
「ごめん、なさい……イワンコが興奮しちゃって。でも、ちいさな傷だから大丈夫……」
サナはイワンコを庇うように微笑んだが、ククイの表情は厳しかった。すぐに傷口を真水で洗い流し、念入りに消毒を施したものの――サナの脆弱な身体は、すでに限界を迎えていた。
イワンコの牙に付着していた目に見えない細菌が、傷口を伝ってサナの体内深くへと侵入してしまったのだ。
その日の夜から、サナの身体には異変が起きた。
傷口を中心に右腕全体が真っ赤に腫れ上がり、激しい痛みが彼女を襲う。それだけでは終わらなかった。細菌の感染をきっかけに、サナの免疫システムが完全に暴走を始めてしまったのだ。
「はか、せ……いきが……くるし、い……」
翌朝、ロフトのベッドで横たわるサナは、喘息のような激しい咳込みと、全身に広がった酷い蕁麻疹(じんましん)に苦しんでいた。
ククイが慌てて検査を行った結果、導き出されたのは最悪の診断だった。
細菌感染による急性アレルギー反応――それも、「ポケモンアレルギー」の発症。
サナの身体は今回の件をきっかけに、ポケモンの体毛や唾液、果ては彼らが放つ微量なエネルギーに対して、過剰な拒絶反応を示すようになってしまったのだ。
「そんな……じゃあ、私……もうイワンコと遊べないの……?」
酸素吸入器のマスク越しに、サナは絶望に満ちた声を漏らした。
大好きなアローラのポケモンたち。自分を癒やしてくれていた存在が、今や自分の命を脅かす天敵になってしまった。研究所の一階からは、自分がサナを傷つけてしまったことを理解し、悲痛な声で鳴き続けるイワンコの声が聞こえてくる。それが今のサナには、何より辛かった。
ククイはベッドの傍らに座り、自身の大きな両手で、アレルギーを恐れて怯えるサナの左手をそっと包み込んだ。
「サナ……。イワンコも、他のポケモンたちも、誰も君を嫌いになったわけじゃない。今は君の身体のバリアが、少しだけ敏感になりすぎているだけだ」
「でも、私……ここにいたら、みんなの迷惑に……」
「迷惑なことなんてあるか」
ククイは力強く、けれどどこまでも優しい声で彼女の言葉を遮った。
「アレルギーがあるなら、それに応じた環境を俺が作るだけだ。部屋の空気清浄を徹底して、俺が君に触れる時は完全に滅菌した状態にする。イワンコたちにも、しばらくは一階で我慢してもらうさ。……いいかいサナ、ポケモンと直接触れ合えなくたって、君がアローラの家族であることに変わりはないんだぜ」
ククイはサナの涙を拭い、彼女の頭をそっと撫でる。
ポケモン研究者である彼にとって、身近な人間がポケモンアレルギーになるのは、これ以上ないほど残酷な現実だった。それでも、ククイの瞳に迷いはなかった。
「どんな病魔が君を襲おうと、俺がその全てから君を守り抜く。だから、諦めるな」
隔離された薄暗い部屋の中で、サナはククイの手の温もりだけを頼りに、新たな過酷な現実へと立ち向かう心の灯火を、辛うじて繋ぎ止めていた。
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