もしも⚪︎⚪︎だったら?

アローラの静寂を切り裂いたのは、割れたガラスの鋭い音だった。
深夜、研究所のセキュリティアラートが鳴り響く。ククイがロフトへ駆け上がると、そこには窓から侵入した暴漢が、恐怖で身をすくませるサナの腕を乱暴に掴み、ナイフを突きつけていた。

【緊急事態記録:午前3時】

状況: 第三者の不法侵入による、患者への直接的な身体加害および拘束。

対象の状態: パニックに伴う過呼吸、および身体的接触による極度のストレス。

分析: これは医療的な問題ではない。私の守るべき「生命」が、外部の悪意によって直接的な破壊の危機に瀕している。この瞬間、私は「医師」である以上に、彼女を護る「盾」としての機能を優先する。

「……はか、せ……っ、たすけて……!」

サナの悲鳴が、ククイの理性を焼き切った。
暴漢はサナを盾にしようとしたが、ククイの放つ殺気——アローラの灼熱をそのまま凍りつかせたような威圧感——に、思わず後ずさりした。

「……その子から、手を離せ。今すぐにだ」

ククイの声は、地を這うような低音だった。いつも見せる快活な笑顔はどこにもない。そこにあるのは、大切な居場所と家族を汚された男の、容赦のない怒りだけだ。

「うるせえ! 命が惜しければ……っ」

男が言葉を言い切る前に、ククイが動いた。
サナに怪我をさせないための、最小限かつ電光石火の動き。彼はサナの身体を抱き寄せるようにして男の懐へ踏み込み、その腕を、骨が軋むほどの力でねじ伏せた。

「……この子はな、今日一日を生き抜くために、君が一生かけても経験しないような苦痛と戦っているんだ」

ククイは男の手からナイフを叩き落とし、背負い投げの要領で床に叩きつける。鈍い衝撃音が響き、男が意識を失うのを確認すると、彼は即座に背後で震えるサナの方を向いた。

「サナ! 怪我はないか!? どこか触られたか、痛むところはないか!」

「……は、かせ……、……こわかった、……こわかったよ……っ」

サナは、ククイの白衣の胸元に顔を埋め、子供のように泣きじゃくった。ククイは自分の手が怒りで震えているのを隠すように、彼女の頭を力強く、壊れ物を扱うように抱きしめた。

『外部脅威による患者の安全損害を確認。
暴漢は制圧したが、サナの精神的打撃(トラウマ)は計り知れない。
主治医としての、そして護衛者としての責務——彼女の平穏を何者にも侵させないという誓いが、自身の油断によって揺らいだことを深く恥じる。
……彼女が俺の腕の中で、千切れるほど強く服を掴んでいる。
大丈夫だ、サナ。もう誰も、指一本触れさせやしない。
君が安心して眠れるこの場所を、俺が命に代えても再建してやる。
たとえ、アローラ中の敵が君を狙ったとしても、俺という壁を越えさせるわけにはいかないからな。』

窓の外では、緊急通報を受けたジュンサーたちのサイレンが近づいていた。
サナは、博士の激しい鼓動と、少しだけ混じった潮の香りに包まれながら、奪われかけた自分の日常が、この大きな手によって守られたことを確信し、止まらない涙を彼の胸で拭い続けていた。
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