世界一優しい私の主治医

夜の定期見回りのため、ククイは静かにロフトの梯子を上がった。
サナの部屋の前に立ち、いつものように体調に変化がないか、そっと扉を開ける。寝息を確認してすぐに退散するつもりだった。

しかし、読書灯の微かな明かりに照らされたサナの姿を見て、ククイの身体は瞬時に凍りついた。

ベッドの上のサナは、不自然なほど四肢を突っ張らせ、ロボットのように硬直した姿勢のまま、浅い呼吸を繰り返していた。その顔は青白く、額にはびっしょりと脂汗が浮かんでいる。

「サナ!? どうした、何があった!」

ククイは慌ててベッドサイドに駆け寄り、彼女の肩を抱き起こそうとした。しかし、その身体は驚くほど強張っており、指先までピンと伸びたまま内側に硬く縮こまっている。

「……は、か……せ……」

サナはかすかに視線だけをククイに向け、震える唇を必死に動かした。その声は酷く弱々しく、申し訳なさそうな色に満ちていた。

「ごめ、んなさい……。さっき、急に息が……苦しくなっちゃって。……過呼吸、に……」

「過呼吸!? なんで俺を呼ばなかった!」

「……もう、呼吸は、落ち着いた、んです……。でも、そのあと……手と足が、しびれて……固まっちゃって、動かなくて……」

サナの言葉に、ククイはハッと我に返り、医学的な知識を脳内で高速で組み立てた。
過換気症候群(過呼吸)のあとに起こる、急激な血液のアルカリ化。それによって引き起こされる末梢神経の異常興奮――いわゆるテタニー(手足の硬直)だ。命に別状はないと分かっていても、当事者であるサナの恐怖は計り知れない。

「……ごめんなさい、博士。また、迷惑、かけて……。情けない、なぁ……」

サナの目から、ぽろぽろと涙が溢れ出す。せっかく息が整ったというのに、自分の身体が意思に反して硬直し、またククイを慌てさせてしまったことに、深い罪悪感を抱いているようだった。

「サナ、もういい。何も謝るな」

ククイは深く息を吐き出すと、彼女を不安にさせないよう、いつもの頼もしい笑みを無理にでも浮かべた。そして、ガチガチに固まった彼女の細い手を、自身の大きな掌で包み込むようにして握る。

「過呼吸を自力で落ち着かせたのか? 偉かったな。しびれも硬直も、体内のバランスが一瞬崩れているだけだ。時間が経てば、絶対に元に戻る。怖がらなくていいぜ」

ククイは優しく語りかけながら、硬直した彼女の指先や腕を、ゆっくりと、温めるようにマッサージし始めた。彼の大きな手から伝わる確かな体温と強さが、サナの強張った筋肉と心を、少しずつ解きほぐしていく。

「しばらくこうして揉んでてやるからな。君が完全にフニャフニャになるまで、俺はどこにも行かないさ」

ククイは根気強く彼女の身体をケアし続けた。やがて、サナの指先からじわじわと力が抜け、元の柔らかな温もりが戻ってくるまで、彼はその小さな手を片時も離さなかった。
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