世界一優しい私の主治医

数日間のサナは、まるで奇跡が起きたかのように穏やかに過ごしていた。
ククイの手伝いをし、スクールの課題に目を通し、笑顔さえ見せていた。けれどその裏で、彼女の身体は悲鳴を上げていた。ククイを心配させたくない、足枷になりたくない一心で、隠し持っていた解熱剤を限界量まで服用し、燃え盛る高熱を力技でねじ伏せていただけだったのだ。

しかし、そんな「偽りの小康状態」が長く持つはずもなかった。

約束していた夕食の時間。リビングへ向かおうとロフトの梯子に手をかけた瞬間、サナの視界がぐにゃりと歪んだ。
(あ、ダメ……これ、は……)

冷や汗が滝のように流れ落ち、激しい吐き気と、頭を直接殴られたような衝撃が襲う。薬で騙し続けてきたツケが一気に回ってきたのだ。手足の力が完全に抜け、サナはその場に崩れ落ち、梯子の手すりにしがみついたまま激しく咳き込んだ。

「サナ!?」

異変に気づいたククイが、一瞬で梯子を駆け上がってくる。
「……はか、せ……ごめ、なさ……」
最後まで言葉を紡ぐこともできず、サナは意識を混濁させながら、ククイの大きな胸の中へと倒れ込んだ。

ベッドへ横たえられたサナは、火がついたように熱かった。
ククイは手早く聴診器を当て、脈を測る。そして、彼女の枕元、毛布の隙間から滑り落ちた市販の解熱剤の空き殻を見つけ――全てを察した。

しばらくして、冷たい氷枕の感覚と、ククイが点滴を打ってくれたおかげで、サナは微かに意識を取り戻した。
熱で真っ赤になった目を開けると、すぐ傍らに、静かに佇むククイの姿があった。

「……ごめんなさい、博士……。私、勝手にお薬、飲んで……。嘘、ついてました……」

サナは涙を流しながら、掠れた声で謝罪した。
怒られると思った。呆れられて、今度こそ見捨てられるかもしれないと、恐怖に身体を硬くする。

けれど、ククイの口から出たのは、深い溜息でも、冷たい叱責でもなかった。

「……なるほどな。数日やけに元気だと思ったら、そんな秘密の裏技を使っていたのか」

ククイはいつもと変わらない、むしろどこか楽しげな口調でそう言うと、サナの頭を大きな掌でぽんぽんと叩いた。薬を勝手に飲んでいたことへの怒りや、咎めるような色は微塵もない。

「博士……? 怒って、ないの……?」

「怒るわけないだろう。サナがそれだけ『元気でいたい』『俺を心配させたくない』って、必死に頑張った証拠だ。ただ、ちょっとアプローチの方法が不器用だっただけさ」

ククイはサングラスの位置を直すと、サナの目を真っ直ぐに見つめ、いたずらっぽく微笑んだ。

「いいかい、サナ。実験だって看病だって、一度や二度の失敗や作戦変更はつきものだぜ。薬で隠しきれないほどの熱が出た。だったら、次からは俺も混ぜて、二人でもっと強い作戦を立てればいい。ただそれだけのことだ」

「……二人で、作戦?」

「ああ。これからは熱が出たら、隠さずに俺にパスしてくれ。俺が全力でレシーブして、君と一緒に打ち返す。一人で戦うから限界が来るんだ。これからは、二人で一緒に治していこう」

ククイの言葉には、絶望を吹き飛ばすような、圧倒的なポジティブさとエネルギーが満ちていた。
彼はサイドテーブルに置いた経口補水液をサナの口元へ運び、優しく微笑む。

「サナの身体の中は、今はちょっと強いウイルスと戦ってレベルアップしている最中なんだ。焦らなくていい。アローラの太陽を浴びて、一歩ずつ、一緒に強くなっていこうぜ」

「……はい。……ありがとうございます、博士……」

薬の力を借りず、ククイの温もりと力強い言葉に守られながら、サナは今度こそ、本当の安心感の中で深い眠りへと落ちていった。最悪の体調のはずなのに、彼女の心は、これまでにないほど軽くなっていた。
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