世界一優しい私の主治医

サナの寝息が完全に深く、穏やかなものに変わったのを見届けてから、ククイは音を立てずにロフトの梯子を下りた。

リビングの壁掛け時計は、すでに午前2時を回っている。
しかし、ククイの「今日」はまだ終わらない。

彼はデスクの椅子に深く腰掛け、パソコンの画面を立ち上げた。青白い光が、日焼けした精悍な顔を照らし出す。画面に並ぶのは、明日のポケモンスクールで使う教材の最終チェック、そして提出が迫っている論文の修正データだ。

サナの看病に一切の妥協をしない分、自らの研究や教師としての仕事は、こうした深夜の時間にシワ寄せがいく。睡眠時間を削る日々がもう何週間も続いているが、彼の端正な横顔に悲壮感はなかった。

「ふぅ……さて、もう一踏ん張りするかな」

軽く首を回して骨を鳴らし、キーボードを叩き始める。

実際のところ、サナの看病は並大抵の人間には務まらない。
いつ襲ってくるか分からない高熱の兆候を見逃さず、気温30度を超える南国で悪寒に震える彼女に平然と寄り添い、精神的な脆さまでをもすべて受け止める。それは精神的な摩耗だけでなく、純粋な身体の強さを要求される過酷な日々だ。

だが、ククイにはそれを受け止めるだけの規格外の「器」があった。
日々ポケモンたちと全力でぶつかり合い、技の検証のために自らの肉体を実験台にすることさえ厭わない彼だ。人並み外れた体力とタフネス、そして何より「命を守る」ということに対する無尽蔵のエネルギーが、彼の身体を支えていた。

(あの子は『未来を奪う』なんて泣いていたが……)

画面を見つめながら、ククイの口元にふっと優しい笑みが浮かぶ。

もし普通の大人なら、仕事との両立に限界を迎え、サナに家庭の事情を言い訳にしてカントーへ送り返していたかもしれない。だが、ククイは違う。彼は自分の体力が、限界を遥か超えて頑丈につくられている理由を、今この瞬間のためにあるのだとさえ思っている。

「奪われてたまるかってんだ。俺の体力は、大切な人間一人を、夜の闇から強引に引き留めておくためにあるんだからな」

カタカタと、静かな部屋に再び力強い打鍵音が響き始める。
2階で眠る少女の安らかな「明日」を完璧に保証するため、アローラの頼れる守護者は、夜明け前の一番深い闇を一人で背負い、ペンを動かし続けた。
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