世界一優しい私の主治医

サナを再びベッドへ運び、今度こそ穏やかな眠りについたのを見届けてから、ククイはリビングのデスクへと戻ってきた。
消し忘れていたデスクライトの明かりが、静まり返った部屋を小さく照らしている。

ククイは椅子に深く腰掛け、大きく息を吐きながら、自身の大きな掌を見つめた。
先ほどまで、サナの小さな身体を受け止め、その震えを直に感じていた掌だ。

(……あの子は今、死の影と戦っている)

研究者として、そして彼女の保護者として、ククイはサナの病状を誰よりも正確に把握していた。体調の波が激しいこと、そして彼女自身が「自分の時間が残り少ないかもしれない」という悍ましい予感に怯えていることも、すべて気づいていた。

今日、サナは理由を言わずに「ただ抱きしめて」と言った。
重い荷物を背負わせたくないという、あの子なりの健気で、あまりにも悲痛な配慮。
けれど、その奥底にある恐怖の正体は、孤独な闇だ。

「一人で震えるな、と言ったが……」

ククイは眼鏡を外し、目元を強く押さえた。
ただ抱きしめるだけで、あの子の恐怖を根本から消し去ることはできない。アローラの太陽のような言葉を並べても、夜になればまた、冷たい奈落が彼女を脅かすだろう。

医学の力で病そのものを完全にねじ伏せることができない現状で、一人の大人として、俺はあの子の魂にどう向き合えばいいのか。

(綺麗事じゃ、あの子の夜は照らせないぜ)

ククイは再びペンを握り、白紙のノートを開いた。
そこに書き込んだのは、ポケモンのデータでも、学会の論文でもない。サナの毎日の体温、呼吸の乱れる時間帯、そして彼女が漏らした小さな言葉の断片。

未来が真っ暗で何も見えないと言うのなら、俺がその暗闇の中にランタンを置いてやる。
「明日生きているかどうか」を恐れるなら、「明日、一緒にスープを飲む約束」を毎日積み重ねていけばいい。1年先、10年先の未来は見せられなくても、次の「朝」を迎える喜びなら、俺の手でいくらでも作ってやれるはずだ。

「奪わせないさ。あの子の今も、明日も」

ククイは静かに、けれど固く誓った。
彼女が抱える恐怖を無理に消そうとするのではなく、その恐怖ごと、俺のすべてで包み込んで、一緒に歩いていく。

窓の外、遠くの水平線が、ほんの少しだけ藍色から紫へと移り変わり始めていた。ククイはノートを閉じると、もう一度ロフトの気配を確かめるように見上げ、静かに立ち上がった。
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