世界一優しい私の主治医
夕食の時間は、とても穏やかだった。
ここ数日の中では一番と言っていいほど体調が安定していたサナは、ククイが作ってくれた特製の野菜スープを、いつもより少しだけ多く口に運んでいた。
「美味しい」と笑うサナを見て、ククイも嬉しそうに目を細めていた。ただそれだけの、ありふれた幸せな時間のはずだった。
けれど、彼女の繊細な身体にとって、それは一線を越える「無理」だったのだ。
ベッドに入ってしばらく経った頃、胃のあたりが、じわじわと不穏な熱を帯び始めた。
経験したことのない、強烈な不快感。消化しきれなかった食べ物が、胃の底でパニックを起こしているのが分かる。
(うそ……、待って、……っ)
サナは口元を押さえ、慌ててベッドから這い出た。激しい吐き気の波が容赦なく喉元までせり上がってくる。ロフトの梯子を下りる余裕などなかった。部屋の隅にある小さなゴミ箱へ、倒れ込むようにして縋り付く。
「……っ、げほっ、……ぅ、ぐ……!」
次の瞬間、激しい胃の収縮と共に、先ほど食べたものが容赦なく逆流した。
喉を焼くような酸っぱい痛みと、息ができないほどの苦しさ。自分の意志ではどうにも止められない身体の拒絶反応に、サナは涙を流しながら何度も激しく嘔吐(おうと)した。
「サナ!?」
階下での作業中、異変を察知したククイが、弾かれたように梯子を駆け上がってきた。
部屋に入った瞬間、酸鼻を極める状況と、ゴミ箱を抱えて激しく 咳き込みながら吐き続けているサナの姿が目に飛び込んでくる。
「……はか、せ……ごめ、なさ……ぅ、く……っ」
自分の醜い姿を見られた恥ずかしさと、また迷惑をかけてしまったという絶望感。サナは涙と嘔吐物で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、必死に謝ろうとした。しかし、容赦のない胃の痙攣がそれを遮り、再び激しい水音が響く。
ククイの行動は迅速だった。彼は微塵も厭う色を見せず、サナの細い身体を後ろからしっかりと支えた。
「喋らなくていい、全部出しちまえ。大丈夫だ、俺が支えてるからな」
ククイは彼女の長い髪を片手でまとめ、もう片方の大きな掌で、激しく波打つ彼女の背中を優しく、けれど力強くさすり続けた。
彼の白衣に汚れが飛ぶのも構わず、ただ彼女の苦痛を受け止めるように、その温かな体温を寄り添わせる。
やがて、胃の中のものが完全に絞り出され、サナの身体からガタガタと力が抜けた。
喉の奥をヒリヒリとさせながら、サナは荒い息を繰り返し、ただ涙を流して項垂れる。
「……辛かったな。よく頑張った」
ククイは手早く汚れを処理すると、濡らしたタオルでサナの口元や涙を優しく拭った。それから、用意していた常温の水で彼女にうがいをさせ、すっかり冷え切ってしまった身体を抱き上げてベッドへと横たえる。
「ごめんなさい、博士……。私、嬉しくて、調子に乗って……たくさん、食べちゃったから……」
シーツに顔を伏せ、消え入るような声で泣くサナ。
ククイは彼女の枕元に腰掛け、汗をかいた額を優しく撫でた。
「謝るな、サナ。君は何も悪くない。少しでも多く食べたいって思えたことは、すごく前向きで、良いことなんだぜ。ただ、君の身体のキャパシティが、まだそれに追いついていなかっただけだ」
ククイの声音は、どこまでも穏やかで、包み込むように温かい。
「次は、もう少しずつ試していこう。焦る必要なんてないんだ。俺がいくらでも付き合うからな」
サナは彼の大きな掌に頬を寄せ、弱々しく頷いた。
情けなくて、苦しくて、最低の夜だったけれど、彼が擦り続けてくれた背中の温もりだけが、今のサナの心を優しく救い上げていた。
ここ数日の中では一番と言っていいほど体調が安定していたサナは、ククイが作ってくれた特製の野菜スープを、いつもより少しだけ多く口に運んでいた。
「美味しい」と笑うサナを見て、ククイも嬉しそうに目を細めていた。ただそれだけの、ありふれた幸せな時間のはずだった。
けれど、彼女の繊細な身体にとって、それは一線を越える「無理」だったのだ。
ベッドに入ってしばらく経った頃、胃のあたりが、じわじわと不穏な熱を帯び始めた。
経験したことのない、強烈な不快感。消化しきれなかった食べ物が、胃の底でパニックを起こしているのが分かる。
(うそ……、待って、……っ)
サナは口元を押さえ、慌ててベッドから這い出た。激しい吐き気の波が容赦なく喉元までせり上がってくる。ロフトの梯子を下りる余裕などなかった。部屋の隅にある小さなゴミ箱へ、倒れ込むようにして縋り付く。
「……っ、げほっ、……ぅ、ぐ……!」
次の瞬間、激しい胃の収縮と共に、先ほど食べたものが容赦なく逆流した。
喉を焼くような酸っぱい痛みと、息ができないほどの苦しさ。自分の意志ではどうにも止められない身体の拒絶反応に、サナは涙を流しながら何度も激しく嘔吐(おうと)した。
「サナ!?」
階下での作業中、異変を察知したククイが、弾かれたように梯子を駆け上がってきた。
部屋に入った瞬間、酸鼻を極める状況と、ゴミ箱を抱えて激しく 咳き込みながら吐き続けているサナの姿が目に飛び込んでくる。
「……はか、せ……ごめ、なさ……ぅ、く……っ」
自分の醜い姿を見られた恥ずかしさと、また迷惑をかけてしまったという絶望感。サナは涙と嘔吐物で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、必死に謝ろうとした。しかし、容赦のない胃の痙攣がそれを遮り、再び激しい水音が響く。
ククイの行動は迅速だった。彼は微塵も厭う色を見せず、サナの細い身体を後ろからしっかりと支えた。
「喋らなくていい、全部出しちまえ。大丈夫だ、俺が支えてるからな」
ククイは彼女の長い髪を片手でまとめ、もう片方の大きな掌で、激しく波打つ彼女の背中を優しく、けれど力強くさすり続けた。
彼の白衣に汚れが飛ぶのも構わず、ただ彼女の苦痛を受け止めるように、その温かな体温を寄り添わせる。
やがて、胃の中のものが完全に絞り出され、サナの身体からガタガタと力が抜けた。
喉の奥をヒリヒリとさせながら、サナは荒い息を繰り返し、ただ涙を流して項垂れる。
「……辛かったな。よく頑張った」
ククイは手早く汚れを処理すると、濡らしたタオルでサナの口元や涙を優しく拭った。それから、用意していた常温の水で彼女にうがいをさせ、すっかり冷え切ってしまった身体を抱き上げてベッドへと横たえる。
「ごめんなさい、博士……。私、嬉しくて、調子に乗って……たくさん、食べちゃったから……」
シーツに顔を伏せ、消え入るような声で泣くサナ。
ククイは彼女の枕元に腰掛け、汗をかいた額を優しく撫でた。
「謝るな、サナ。君は何も悪くない。少しでも多く食べたいって思えたことは、すごく前向きで、良いことなんだぜ。ただ、君の身体のキャパシティが、まだそれに追いついていなかっただけだ」
ククイの声音は、どこまでも穏やかで、包み込むように温かい。
「次は、もう少しずつ試していこう。焦る必要なんてないんだ。俺がいくらでも付き合うからな」
サナは彼の大きな掌に頬を寄せ、弱々しく頷いた。
情けなくて、苦しくて、最低の夜だったけれど、彼が擦り続けてくれた背中の温もりだけが、今のサナの心を優しく救い上げていた。