世界一優しい私の主治医

夕暮れ時の研究所。まだ部屋の空気は日中の熱を十分に孕んでいるというのに、サナはリビングのソファの片隅で、自分の身体を抱え込むようにして小さくなっていた。

皮膚の裏側を冷たい刃で撫でられているような、あの不快な感覚。
サナの身体は、これがこれから訪れる「嵐」の合図であることを正確に記憶していた。いつもなら、ククイに迷惑をかけたくなくてギリギリまで隠してしまう衝動が働く。けれど、あの朝の絶望的な目眩と、喉の激痛の記憶が彼女の背中を押した。

(今言わなきゃ、また取り返しのつかないことになる……)

サナは震える膝を押さえ、デスクで資料を整理していたククイの背中に、かすれた声を絞り出した。

「はか、せ……」

「ん? どうしたんだい、サナ」
ククイはすぐにペンを置き、穏やかな笑顔で振り返る。しかし、サナの顔を見た瞬間、そのサングラスの奥の瞳がわずかに険しくなった。

「あの……、ごめんなさい。……また、きちゃうみたいです」

「……悪寒(おかん)がするのか?」

サナは小さく頷いた。
「今、すごく寒くて……ゾワゾワして。多分、夜になったら、酷い熱が出ます……。動けなくなる前に、ちゃんと言っておこうと思って……」

いつもなら「大丈夫」と強がるサナが、自ら高熱の予兆を訴えてきた。その事実に、ククイは心の中で強い警戒のシグナルを鳴らした。これから彼女の身体の中で、どれほど激しい戦いが始まるのかを察したからだ。

しかし、ククイはすぐにいつもの頼もしい笑みを浮かべ、大股でサナの元へと歩み寄った。

「教えてくれてありがとう、サナ。事前に分かれば、俺たちの勝ちだ。何の準備もさせずに襲ってくる病魔なんて、アローラの太陽が許さないぜ」

ククイはサナの冷え切った両手を自身の大きな掌で包み込み、優しく、けれど力強く握りしめた。

「よし、今のうちに迎撃の準備をしよう。サナはロフトに上がって、温かい毛布にくるまっていてくれ。俺がすぐに湯たんぽと、熱が上がったとき用の冷却シートを持っていくからな。……いいかい、怖がらなくていい。今回は、最初から俺がついてる」

「……はい」

ククイの揺るぎない態度に、サナの胸を支配していた予兆への恐怖が、少しずつ解き放たれていく。
これから訪れる熱の苦しさは変わらないかもしれない。けれど、独りで闇に怯える必要はもうないのだと、彼の温かな手が教えてくれていた。
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