世界一優しい私の主治医
湯気とともに浴室の扉を開けると、アローラの夜風が脱衣所に流れ込んできた。
お風呂上がり。ここ数日は体調の波も穏やかで、サナの肌には少しだけ血色が戻っていた。髪をタオルで拭きながら、彼女はふと、部屋の隅に置かれたデジタル体重計に目を留めた。
(最近はスープもちゃんと食べられてるし……少しは増えてるかな)
体力をつけて、いつかククイ博士と一緒に砂浜を走りたい。そんなささやかな願いを胸に、サナはそっと体重計に足を乗せた。
小さくピピッと電子音が鳴り、液晶に数字が浮かび上がる。
「……あ、」
サナの動きがピタリと止まった。
映し出されたのは、数週間前に恐る恐る測ったときよりも、さらに少なくなった数字だった。
ご飯は頑張って口に運んでいたつもりだった。けれど、あの大熱の夜に削り取られた体力や、寝込んでいた日々の代償は、彼女が思っている以上に重く、残酷だった。
(あんなに頑張って食べてるのに……。私の身体、やっぱり、どこか壊れちゃってるのかな)
胸の奥に、冷たい澱のような絶望が広がっていく。
どんなに小康状態が続いても、自分の身体は内側から確実に衰えていっているのではないか。そんな恐怖が押し寄せ、サナは体重計から降りると、その場に力なくへたり込んでしまった。膝を抱え、濡れた髪のまま床を見つめる。涙が視界をにじませた。
「サナ? お風呂、長かったな。湯冷めしちゃうぞ」
脱衣所の外から、ククイの声がした。彼の手には、サナのために新しく用意した清潔なバスタオルが握られている。
返事がないのを心配して覗き込んだククイは、床に小さく丸まり、今にも消えてしまいそうなサナの背中を見て、すぐに状況を察した。視線の先にある体重計の、まだバックライトが点ったままの液晶画面。
「サナ」
ククイは静かに膝をつき、サナの冷えかけた肩にバスタオルをふわりと掛けた。そして、彼女の小さな身体を、床の冷たさから引き剥がすように優しく抱き上げる。
「……博士。私、体重、また減ってた」
サナは彼の胸に顔を埋めたまま、掠れた声でこぼした。
「頑張ってスープ飲んだのに。……これじゃ、いつまで経っても、外を走れるようになんてならないよ……」
悔しさと情けなさで、ぎゅっと彼の白衣を掴む。
ククイはリビングのソファに彼女を座らせると、自身の大きな掌でサナの濡れた髪を優しく、丁寧に拭き始めた。
「サナ、いいかい。数字っていうのはな、ただのデータの一つに過ぎないんだぜ」
ククイの声は、どこまでも穏やかで、揺るぎない。
「君の身体は、あの酷い熱と戦い抜いたばかりだ。今は、生きるために一番大事な心臓や内臓を守るために、全エネルギーを使っている最中なんだよ。体重が減ったのは、サナの命がそれだけ必死に戦った証拠だ。負けたわけじゃない」
「でも……」
「焦らなくていい。アローラのナッシーだって、実をつける前にはじっくり根を張る時期がある。今のサナは、その根を張っている最中さ。スープがちゃんと身になるのは、これからだぜ」
ククイはタオルを置くと、サナの顔を覗き込み、いつもの太陽のような笑みを浮かべた。
「よし、明日のスープは少し具材を増やして、もっと栄養満点にするか。俺の特製プロトコルで、じっくり君の『根』を育ててやるからな」
サナは小さく頷き、ようやく涙の引いた目で微笑んだ。
数字には表れなくても、ククイの大きな腕に包まれているこの瞬間、彼女の心には確かに、明日を生きるための小さなエネルギーが蓄えられ始めていた。
お風呂上がり。ここ数日は体調の波も穏やかで、サナの肌には少しだけ血色が戻っていた。髪をタオルで拭きながら、彼女はふと、部屋の隅に置かれたデジタル体重計に目を留めた。
(最近はスープもちゃんと食べられてるし……少しは増えてるかな)
体力をつけて、いつかククイ博士と一緒に砂浜を走りたい。そんなささやかな願いを胸に、サナはそっと体重計に足を乗せた。
小さくピピッと電子音が鳴り、液晶に数字が浮かび上がる。
「……あ、」
サナの動きがピタリと止まった。
映し出されたのは、数週間前に恐る恐る測ったときよりも、さらに少なくなった数字だった。
ご飯は頑張って口に運んでいたつもりだった。けれど、あの大熱の夜に削り取られた体力や、寝込んでいた日々の代償は、彼女が思っている以上に重く、残酷だった。
(あんなに頑張って食べてるのに……。私の身体、やっぱり、どこか壊れちゃってるのかな)
胸の奥に、冷たい澱のような絶望が広がっていく。
どんなに小康状態が続いても、自分の身体は内側から確実に衰えていっているのではないか。そんな恐怖が押し寄せ、サナは体重計から降りると、その場に力なくへたり込んでしまった。膝を抱え、濡れた髪のまま床を見つめる。涙が視界をにじませた。
「サナ? お風呂、長かったな。湯冷めしちゃうぞ」
脱衣所の外から、ククイの声がした。彼の手には、サナのために新しく用意した清潔なバスタオルが握られている。
返事がないのを心配して覗き込んだククイは、床に小さく丸まり、今にも消えてしまいそうなサナの背中を見て、すぐに状況を察した。視線の先にある体重計の、まだバックライトが点ったままの液晶画面。
「サナ」
ククイは静かに膝をつき、サナの冷えかけた肩にバスタオルをふわりと掛けた。そして、彼女の小さな身体を、床の冷たさから引き剥がすように優しく抱き上げる。
「……博士。私、体重、また減ってた」
サナは彼の胸に顔を埋めたまま、掠れた声でこぼした。
「頑張ってスープ飲んだのに。……これじゃ、いつまで経っても、外を走れるようになんてならないよ……」
悔しさと情けなさで、ぎゅっと彼の白衣を掴む。
ククイはリビングのソファに彼女を座らせると、自身の大きな掌でサナの濡れた髪を優しく、丁寧に拭き始めた。
「サナ、いいかい。数字っていうのはな、ただのデータの一つに過ぎないんだぜ」
ククイの声は、どこまでも穏やかで、揺るぎない。
「君の身体は、あの酷い熱と戦い抜いたばかりだ。今は、生きるために一番大事な心臓や内臓を守るために、全エネルギーを使っている最中なんだよ。体重が減ったのは、サナの命がそれだけ必死に戦った証拠だ。負けたわけじゃない」
「でも……」
「焦らなくていい。アローラのナッシーだって、実をつける前にはじっくり根を張る時期がある。今のサナは、その根を張っている最中さ。スープがちゃんと身になるのは、これからだぜ」
ククイはタオルを置くと、サナの顔を覗き込み、いつもの太陽のような笑みを浮かべた。
「よし、明日のスープは少し具材を増やして、もっと栄養満点にするか。俺の特製プロトコルで、じっくり君の『根』を育ててやるからな」
サナは小さく頷き、ようやく涙の引いた目で微笑んだ。
数字には表れなくても、ククイの大きな腕に包まれているこの瞬間、彼女の心には確かに、明日を生きるための小さなエネルギーが蓄えられ始めていた。