世界一優しい私の主治医
「それじゃあサナちゃん、次のダグトリオのリージョンフォームについてのクイズ、いってみマッギョ(マッギョ)!」
パソコンの画面の向こうで、ナリヤ・オーキド校長がいつものようにダジャレを交えながら、大真面目にポケモンのジェスチャーをしている。
研究所のリビングのテーブル。サナは画面の前で、嬉しそうに目を輝かせていた。
「ふふ、ナリヤ校長、答えは……『髪』、ですか?」
「大正解! いやはや、サナちゃんは本当に飲み込みが早い。これならカントーに戻った時も、周りのみんなを驚かせることができルカリオ(ルカリオ)!」
サナのために特別に組まれた、リモートでの個別授業。
スクールの仲間たちと同じ勉強ができているという実感が嬉しくて、サナはノートに一生懸命ペンを走らせていた。その様子を、少し離れたキッチンからコーヒーを飲みつつ見守っていたククイも、安心したように目を細めていた。
――だが、20分が過ぎた頃から、サナのペンの動きが目に見えて鈍くなり始めた。
(……あれ? 校長先生の声が、なんだか遠い……)
さっきまで鮮明に見えていた画面の映像が、ぐにゃりと歪み始める。
サナは慌てて頭を振ったが、そうした拍子に、頭の芯を金属の棒で殴られたような強い目眩が襲った。
視界が急激に狭くなり、色彩が失われていく。ナリヤの声も、まるで水中から聞いているかのようにボヤけて、意味を成さなくなっていく。
「えっと……次は、ディグダの、生息地、で……」
サナの声が掠れ、力なく途切れた。
手から滑り落ちたシャープペンシルが、コロコロと音を立てて床に転がる。サナの身体が、ゆっくりと斜めに傾いていった。
「――サナ!」
異変を察知したククイが、コーヒーカップを叩きつけるように置いて駆け寄る。倒れ込みそうになった彼女の身体を、その大きな腕で間一髪、しっかりと受け止めた。
「サナ、しっかりしろ! 俺の声が分かるか?」
「はか……せ……? ごめんなさい、わたし、まだ……お勉強……」
サナの肌からは、服越しでも分かるほどの異様な熱気が立ち上っていた。
意識が途切れ途切れになり、焦点の合わない目でなおも画面を見ようとするサナを、ククイは強く、けれど労るように抱きしめる。
「もういい、喋らなくていい。よく頑張った」
ククイはサナの身体を片腕で支えながら、素早くキーボードを叩いてマイクをミュートにした。
「オーキド校長、すみません! サナの体調が急変した。今日の授業はここで中断させてください!」
画面の向こうで、ナリヤ校長がダジャレを一切封印した、真剣な教育者の顔になる。
『おお、ククイ博士! 授業のことなど気にするな、すぐにサナちゃんを横にしてやりなさい。私のことはいいから、早く!』
「それでは!」
通信を強制的に切断すると、ククイはサナを軽々と横抱きにした。
腕の中のサナは、またしてもやってきた高熱の濁流に呑まれ、苦しそうに呼吸を荒げている。
「ごめん、なさい……せっかく、校長先生が……」
「気にするな。サナが謝ることなんて何一つない。……俺が、君の『やりたい』って気持ちに甘えて、少し無理をさせすぎちまったな」
ロフトのベッドへ彼女を横たえ、手早く服のボタンを緩めて氷嚢を当てる。
サナは熱の苦しさの中で、涙をボロボロとこぼしながらククイの白衣の袖を掴んだ。
「わたし、やっぱり……普通の子みたいには、なれないのかな……」
その弱音に、ククイは胸を締め付けられながらも、力強く、どこまでも優しい笑みを浮かべて彼女の手を握りしめた。
「なれるさ。ただ、君のスクールは、普通のみんなより少しだけ休み時間が長いだけだ。今は次のチャイムが鳴るまで、ゆっくり寝ておいで」
ククイは彼女の意識が深い眠りに落ちていくまで、その熱い手を片時も離さず、静かに寄り添い続けた。
パソコンの画面の向こうで、ナリヤ・オーキド校長がいつものようにダジャレを交えながら、大真面目にポケモンのジェスチャーをしている。
研究所のリビングのテーブル。サナは画面の前で、嬉しそうに目を輝かせていた。
「ふふ、ナリヤ校長、答えは……『髪』、ですか?」
「大正解! いやはや、サナちゃんは本当に飲み込みが早い。これならカントーに戻った時も、周りのみんなを驚かせることができルカリオ(ルカリオ)!」
サナのために特別に組まれた、リモートでの個別授業。
スクールの仲間たちと同じ勉強ができているという実感が嬉しくて、サナはノートに一生懸命ペンを走らせていた。その様子を、少し離れたキッチンからコーヒーを飲みつつ見守っていたククイも、安心したように目を細めていた。
――だが、20分が過ぎた頃から、サナのペンの動きが目に見えて鈍くなり始めた。
(……あれ? 校長先生の声が、なんだか遠い……)
さっきまで鮮明に見えていた画面の映像が、ぐにゃりと歪み始める。
サナは慌てて頭を振ったが、そうした拍子に、頭の芯を金属の棒で殴られたような強い目眩が襲った。
視界が急激に狭くなり、色彩が失われていく。ナリヤの声も、まるで水中から聞いているかのようにボヤけて、意味を成さなくなっていく。
「えっと……次は、ディグダの、生息地、で……」
サナの声が掠れ、力なく途切れた。
手から滑り落ちたシャープペンシルが、コロコロと音を立てて床に転がる。サナの身体が、ゆっくりと斜めに傾いていった。
「――サナ!」
異変を察知したククイが、コーヒーカップを叩きつけるように置いて駆け寄る。倒れ込みそうになった彼女の身体を、その大きな腕で間一髪、しっかりと受け止めた。
「サナ、しっかりしろ! 俺の声が分かるか?」
「はか……せ……? ごめんなさい、わたし、まだ……お勉強……」
サナの肌からは、服越しでも分かるほどの異様な熱気が立ち上っていた。
意識が途切れ途切れになり、焦点の合わない目でなおも画面を見ようとするサナを、ククイは強く、けれど労るように抱きしめる。
「もういい、喋らなくていい。よく頑張った」
ククイはサナの身体を片腕で支えながら、素早くキーボードを叩いてマイクをミュートにした。
「オーキド校長、すみません! サナの体調が急変した。今日の授業はここで中断させてください!」
画面の向こうで、ナリヤ校長がダジャレを一切封印した、真剣な教育者の顔になる。
『おお、ククイ博士! 授業のことなど気にするな、すぐにサナちゃんを横にしてやりなさい。私のことはいいから、早く!』
「それでは!」
通信を強制的に切断すると、ククイはサナを軽々と横抱きにした。
腕の中のサナは、またしてもやってきた高熱の濁流に呑まれ、苦しそうに呼吸を荒げている。
「ごめん、なさい……せっかく、校長先生が……」
「気にするな。サナが謝ることなんて何一つない。……俺が、君の『やりたい』って気持ちに甘えて、少し無理をさせすぎちまったな」
ロフトのベッドへ彼女を横たえ、手早く服のボタンを緩めて氷嚢を当てる。
サナは熱の苦しさの中で、涙をボロボロとこぼしながらククイの白衣の袖を掴んだ。
「わたし、やっぱり……普通の子みたいには、なれないのかな……」
その弱音に、ククイは胸を締め付けられながらも、力強く、どこまでも優しい笑みを浮かべて彼女の手を握りしめた。
「なれるさ。ただ、君のスクールは、普通のみんなより少しだけ休み時間が長いだけだ。今は次のチャイムが鳴るまで、ゆっくり寝ておいで」
ククイは彼女の意識が深い眠りに落ちていくまで、その熱い手を片時も離さず、静かに寄り添い続けた。