世界一優しい私の主治医

「……っ、……いたい……。……はかせ、……めが、……あけられない……っ!」

【カルテ:午後】

症状: 急性の光視症、および眼窩(がんか)周囲の激痛。

状態: 強眼瞼痙攣(きょうがんけんけいれん)により開瞼不能。

精神: 視覚喪失に対する極度の恐怖状態。

「サナ! 触るな、目をこすっちゃだめだ!」

ククイが即座に駆け寄り、サナの手を優しく、けれど断固とした力で顔から引き剥がした。サナの瞼は固く閉じられ、そこからは堪えきれない涙が、熱を帯びてこぼれ落ちている。

「……まっくら、です……っ。……ククイ博士、……わたし、……このまま、なにも……みえなくなっちゃうの……っ!?」

「落ち着け、サナ。一時的なものだ。熱のせいで神経が過敏になっているだけだぞ。……今すぐ、世界を暗くしてやるからな」

ククイは素早く部屋のカーテンをすべて閉め切り、ランプの灯も消した。ロフトは一瞬にして、柔らかな影の底へと沈む。さらに彼は、冷やした清潔なガーゼをサナの瞼の上にそっと置いた。

「……あ、……つめたい……。……少しだけ、……らくに……」

「あぁ。そのままじっとしていろ。……目が見えない間は、俺が君の『目』になる。……いいか、今から俺が、周りにあるものを全部言葉にしてやるからな」

ククイはサナの隣に座り、彼女の手を握りながら、静かに、そして実況するように話し始めた。

「……今、君の右側には、さっきまで読んでいた図鑑がある。……左側には、俺が持ってきたパイルジュース。……窓の外では、キャモメが二匹、風に乗って鳴いているぞ。……聞こえるか?」

サナは暗闇の中で、ククイの声に全神経を集中させた。
目が見えない恐怖でバラバラになりそうだった世界が、博士の声という糸で、もう一度丁寧に縫い合わされていく。

「……はい、……きこえます。……はかせの声も、……すごく、ちかくに……」

「あぁ、ここにいる。一歩も動かないさ。……視界が戻るまで、俺は君の専属ナレーターだ。……アローラの海が今、どんな色をしているか……聞きたいか?」

ククイは、窓の向こうに広がる夕暮れの海の情景を、まるで詩を読み上げるように、色彩豊かに語り聞かせた。サナは瞼を閉じたまま、博士の言葉を絵の具にして、心の中に自分だけの海を描き始めた。

数時間後、痛みが引き、サナが恐る恐る目を開けたとき、最初に飛び込んできたのは、月明かりに照らされたククイの、心底安心したような笑顔だった。

「……おかえり、サナ。アローラの夜は、今日も綺麗だぞ」

「……ただいま、……ククイ博士。……はかせの言った通りの、……やさしい色、してます……」

サナはもう一度、今度は自分の意志でゆっくりと目を閉じ、博士の手の温もりを噛み締めた。

『発熱に伴う一過性の視覚障害を確認。
光刺激の遮断および、言語的誘導(ナラティブ・アプローチ)による不安軽減を実施。
「見えない」という恐怖を「聴く」という能動的な体験に変換。
明日以降も、眼精疲労を考慮し、読書時間を制限。代わりに読み聞かせの時間を設けること。』

暗闇の中で繋がれた手は、どんな光よりも鮮明に、二人の信頼を映し出していた。
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