世界一優しい私の主治医

アローラの朝の光が、リビングのテーブルを白く照らしていた。

サナは昨夜の激しい精神的パニックから解放され、体調自体は落ち着いていたものの、心は別の重苦しい暗雲に覆われていた。目の前には、いつもと変わらない笑顔でコーヒーを淹れているククイ博士の背中がある。

その背中を見るたびに、昨夜の自分の醜い行動が思い出され、胸が締め付けられるように痛んだ。

(どうしてあんなこと言っちゃったんだろう……。夜中にパンケーキを作らせて、本を読ませて、困らせて、試すようなことをして……)

思い返せば返すほど、自分が情けなくて、我儘で、ひどく子どもじみた存在に思えてくる。後悔の念が次から次へと押し寄せ、サナはテーブルの上のホットミルクのカップを見つめたまま、小さく身をすくめた。

「……あの、博士」

消え入りそうな声で、サナは切り出した。

「ん? どうしたんだい、サナ。スープのおかわりか?」

ククイは振り返り、マグカップを片手にサナの向かい側に腰掛けた。その屈託のない笑顔が、今のサナにはかえって辛かった。

「……昨日のこと、ごめんなさい」

サナはぎゅっと拳を握りしめ、膝の上に視線を落とした。
「夜中なのに、パンケーキ作ってなんて言って……。それに、難しい本まで読ませて……。私、自分が情緒不安定だからって、博士の優しさにつけ込んで、困らせるようなことばっかり……。本当に、自分が情けなくて……最低です」

謝罪を口にしながらも、サナの目にはじんわりと涙が浮かんできていた。自分の感情をコントロールできず、大好きな人を振り回してしまったことが、どうしても許せなかったのだ。

しかし、対照的にククイは、驚いたように一瞬だけ目を丸くした。
そして、次の瞬間には、いつもと全く変わらない、快活で大きな笑い声を響かせた。

「ははは! なんだサナ、そんなことを気に病んでいたのかい?」

「え……?」

「情けないなんてとんでもない。むしろ俺は、昨日の真夜中のクッキング、最高に楽しかったぜ? 特大のパンケーキがあんなに綺麗に焼けたんだ、研究者としても大満足の出来栄えだったな」

ククイはコーヒーを一口すすると、サングラスの奥の目を優しく細めて、全く気にしていない様子で手を振った。

「困らせるどころか、サナが『これが食べたい』とか『本を読んでほしい』って、自分の欲求を真っ直ぐ俺にぶつけてくれたことが、俺は嬉しかったんだ。心がすり減っているときは、誰だって我が儘になる。それを俺の前で曝け出してくれたってことは、ここがサナにとって、少しは安心できる場所になった証拠だろ?」

「でも……私、博士を試すような真似を……」

「試されたって、俺の答えはいつだって同じさ」

ククイはテーブル越しに手を伸ばし、サナの頭を大きな掌でポンポンと優しく撫でた。

「何度も言うが、俺はここにいる間の君の家族だ。家族が泣いてるときにパンケーキの一枚や二枚、喜んで焼くに決まっているだろう? だから後悔なんてしなくていい。昨日の我が儘は、サナが生きるために必要なエネルギーだったんだ」

ククイの揺るぎない、圧倒的な肯定。
サナがどれだけ自分を責めようとしても、彼はその罪悪感ごと、太陽のような包容力で全てを綺麗に溶かしてしまう。

「サナ、今日はこれから何をしようか。また読みたい本があるなら、何ページからでも付き合うぜ?」

悪戯っぽく微笑む彼を見て、サナは堪えきれずに、涙を流した。
自分の情けなさを、全く情けないと思わせないこの人の隣で、サナの心は今朝も静かに、救われていくのだった。
67/113ページ
スキ