世界一優しい私の主治医

【カルテ:午後】

状態: 身体的苦痛はないが、外界との接触を完全に拒否。

行動: 食事、薬、会話のすべてに対して無反応。

所見: 終わりの見えない療養への疲弊による、自己防衛的な閉鎖。

「サナ。……新しい図鑑を持ってきたぞ。……それとも、少し窓を開けて風を通そうか?」

ククイが階段を上がってきても、毛布の塊はピクリとも動かなかった。オレンジの裾が、丸まった体の下でわずかに覗いているだけだ。

「……放っておいてください、博士。……どうせ、何をしたって……私は、ここから出られないんだから」

毛布越しに届くサナの声は、湿って重く、絶望の底に沈んでいた。
頑張って呼吸を整えても、頑張って一口食べても、また次の日には苦しみがやってくる。その繰り返しに、彼女の心はついに、戦うことを放棄して殻の中に閉じこもってしまったのだ。

ククイは無理に毛布を剥ごうとはせず、床に直接、どさりと腰を下ろした。

「……そうか。なら、今日は俺もここで、何もしないで座っていることにするよ」

「……えっ……? 博士、お仕事は……?」

「サナが心をお休みさせている間は、俺も博士をお休みだ。……いいか、サナ。頑張ることに疲れるのは、それだけ君が全力で生きてきた証拠だ。……今は、無理に笑わなくていい。暗闇の中にいたければ、俺も一緒に暗闇にいてやる」

ククイはベッドの背もたれに体を預け、サナが震えている背中のすぐそばに、自分の背中を合わせた。

「……博士。……私、……もう、疲れちゃったんです。……明日のことを考えるのが、……あんなに怖かったはずなのに、……今はもう、明日なんて来なくていいって、思っちゃうんです……っ」

サナの声が、次第に嗚咽へと変わっていく。毛布の塊が、激しく上下に揺れ始めた。
ククイは振り返らず、ただ背中から伝わる彼女の震えを、自分の体ですべて受け止めるようにして座り続けた。

「あぁ。それでいい。……無理に前を向かなくていいんだ。……サナ、暗闇の中にいても、君の手は俺が握っている。……君がまた、自分のタイミングで顔を上げたくなったとき、一番に俺の顔が見える場所に、俺は必ずいるからな」

数十分が過ぎ、サナの泣き声が静かな寝息へと変わった頃、彼女は自ら毛布を少しだけ下げ、ククイの白衣の裾を、そっと指先で摘んだ。

「……はかせ……。……まだ、そこに、いますか……?」

「あぁ。特等席で待機中だぞ」

ククイは優しく笑い、彼女の指先に、自分の手をそっと重ねた。

『深刻な意欲減退と自閉傾向。
励ましや治療の督促を一切停止し、「共にあること」のみに集中。
彼女が自分の「弱さ」を晒せるようになったことは、信頼関係の深化を意味する。
今はただ、彼女が再び外の光を欲するまで、この静寂を守り続けることが最善の処置である。』

アローラの夕日が、閉ざされたロフトの隙間から、二人の繋がれた手を細く、けれど温かく照らし出していた。
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