世界一優しい私の主治医

「ん……っ……」

サナが次に目を覚ましたとき、研究所の窓の外はすでにアローラの夕日によって茜色に染まっていた。
部屋に満ちる空気は昼間よりも涼しくなっているはずなのに、自分の内側からは、まるでマグマが沸き立つような恐ろしい熱気が吹き出している。頭は芯からズキズキと重く、呼吸をするだけでも喉の奥が熱く焼けるようだった。

「目が覚めたかい、サナ」

枕元から、低く穏やかな声がした。
見上げると、ククイが心配そうな、けれどサナを怯えさせないための優しい笑みを浮かべて座っていた。その手には、いつの間にかアナログの体温計が握られている。

「……はか、せ……」

「少し失礼するぞ」
ククイは手際よくサナの脇に体温計を差し込み、静かに時間を待った。やがて小さく響いた電子音を確認したククイの眉が、一瞬だけ厳しく跳ね上がる。昼間の平熱が嘘のように、数字は跳ね上がっていた。酷い熱の波が、ついにサナの身体を捉えてしまったのだ。

「うぅ……ごめんなさい、博士……っ」

熱の苦しさと同時に、底知れない情けなさがサナの胸を突き刺した。ポロポロと、熱い涙が目尻から溢れて枕を濡らす。

「せっかく……博士が時間割を作ってくれたのに、私、2時間目からずっと寝っぱなしで……。普通の生徒みたいに、最後まで、できなかった……。みんなみたいに、頑張れなくて、ごめんなさい……」

自分の脆さが、弱さが、呪わしかった。ただ一日、数時間だけでも「普通」の女の子としてスクールライフを送りたかっただけなのに、それすら自分の身体は許してくれない。

そんなサナの涙を、ククイは大きな掌でそっと拭った。

「何を言うんだ、サナ。今日の時間割を忘れたのかい?」
ククイはそう言って、ロフトのホワイトボードを指差した。

「3時間目は何だった?」

「……クッキング、おやつの実習、です……。でも、私、もうキッチンに立つなんて無理だし……」

「いいや、実習はこれからさ。それに、料理を完成させることだけが家庭科じゃない。出された課題をきっちりこなすのも、優秀な生徒の条件だぜ」

ククイはサイドテーブルから、あらかじめ用意されていた小さな器を取り出した。
中に入っていたのは、オレンの実を、繊維が残らないほど細かく、丁寧にすりおろしたものだった。果汁が夕日の光を浴びて、綺麗な青色に透き通っている。

「よし、これが3時間目の課題だ」
ククイはスプーンでそれをひと掬いし、サナの唇の前にそっと運んだ。

「オレンの実はな、ポケモンの体力を回復させるだけじゃない。すりおろして高熱の身体に流し込めば、水分補給にもなるし、病魔と戦うエネルギーになる。サナ、今日の家庭科の実習内容は、これを全部食べて、一日でも早く元気になることだ」

「え……?」

「普通の生徒と同じじゃなくていい。君は留学生で、ここは君だけのスクールだ。だから、これが今日の最終課題。……ほら、アーンしてごらん」

ククイのどこまでも真っ直ぐで温かい瞳に見つめられ、サナは喉の痛みを堪えながら、ゆっくりと口を開いた。

ひんやりとしたオレンの実が、熱く焼けた喉を優しく滑り落ちていく。ほんのりとした自然な甘みと酸味が、乾ききった身体に染み渡るようだった。

「……おいしい、です」

「よし、いいぞ。その調子だ」
ククイは嬉しそうに目を細め、サナが一口食べるごとに「よくできました」と声をかけながら、ゆっくりとスプーンを口元へ運び続けた。

器が空になる頃には、サナの心を満たしていた絶望の霧は、少しだけ晴れていた。
「これで3時間目の実習は、文句なしの『大変よくできました』だな。サナ、今日の授業はすべて終了、放課後だ」

ククイはサナの頭を優しく撫で、毛布をかけ直してやった。
「あとは、出された課題の効果が出るまでじっくり眠るだけだ。明日も、明後日も、君が元気になるまで、俺は何度でも時間割を作ってやるからな」

「……はい、ククイ先生……」

サナは熱の重みを感じながらも、今度は寂しさを感じることなく、穏やかに瞼を閉じた。アローラの夜がゆっくりと研究所を包み込んでいく中、サナの枕元には、ずっと頼もしい先生の気配が寄り添い続けていた。
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