世界一優しい私の主治医
「それじゃあ、起立、礼、アローラ!……よし、着席だ」
ククイは実際の教室さながらのハツラツとした声を出し、一人きりの生徒に向かって茶目っ気たっぷりに一礼した。ベッドの上で上体を起こしたサナは、少し照れくさそうに「アローラ」と返す。
講義が始まると、研究所の中はまるで静かな特別教室のようになった。
「アローラ地方には、独自の歴史と文化がある。四大島にはそれぞれ『カプ』と呼ばれる守り神のポケモンがいてな。人々は古くから彼らを敬い、共に生きてきたんだ。……そう、例えばアーカラ島のカプ・テテフはな……」
ククイの声は、いつものスクールでの授業と同じように情熱的で、それでいてサナの耳に優しく届くよう、心なしかボリュームが抑えられていた。
大きな教科書の挿絵をサナに見せながら、身振り手振りを交えて語る。その姿を見ているだけで、サナは本当に自分が賑やかなポケモンスクールの一員になれたような、誇らしい気持ちに満たされていった。
しかし、講義が始まって20分が過ぎた頃。
アローラの暖かな風が窓から吹き込んでいるはずなのに、サナの指先が不自然に冷え始めていた。
(あれ……おかしいな。なんだか、急に……)
頭が少しだけ重くなり、皮膚の表面がゾワゾワと泡立つような感覚。
サナはククイの授業を遮りたくなくて、気づかれないようにそっと、半袖の腕を自らの手でさすった。けれど、一度感じてしまった寒気は止まらない。ガチガチと奥歯が鳴りそうになるのを、唇を噛んで必死に堪えた。
ククイのペンが、ホワイトボードの上でピタリと止まる。
彼はサナに背を向けたままだったが、わずかな衣擦れの音と、彼女の呼吸の乱れを見逃さなかった。
「……サナ」
ククイは振り返ると、すぐにホワイトボードマーカーを置き、サナの元へ歩み寄った。
「寒いのかい?」
「えっ……あ、大丈夫、です。ちょっと風が通っただけだから……。授業、すっごく面白いので、続けてください」
無理に笑顔を作ろうとするサナだったが、その身体は小さく震えていた。
ククイは眉をひそめ、けれど決して声を荒らげることなく、すぐさま開いていた窓を静かに閉め切った。そして、ベッドの足元に畳まれていた厚手のブランケットを広げ、サナの肩から優しく包み込むように掛けてやる。
「先生の観察眼をくびるんじゃないぜ、サナ。アローラの風は今、ちっとも冷たくない」
ククイはそう言って苦笑すると、サナの額にそっと自身の大きな掌を当てた。
ひんやりとした彼の体温が心地よく、サナは思わずうっとりと目を閉じる。
「熱は……まだ平気だな。講義に集中しすぎて、少し体力を使い果たしちゃったか」
「ごめんなさい……。せっかく博士が、私のために時間割を作ってくれたのに……」
「謝ることじゃないさ。これも立派な『スクールの一部』だ」
ククイは優しく微笑み、サナの頭をポンポンと撫でた。
「実際のスクールでもな、体調が悪くなったら保健室に行く。無理をして授業を続ける生徒は、俺が絶対に許さないことにしてるんだ。……よし、少し早いが、1時間目はここまで!」
ククイはホワイトボードの『1時間目』の文字に素早く斜線を引き、その横に『よく頑張りました』と書き足した。
「さあ、サナ。次は2時間目――お待ちかねの『お昼寝の時間』だ。保健室の先生の代わりに、俺がここで君が眠るのを見守っててやるから、ゆっくり目を閉じるんだ」
「……はい。ありがとうございます、ククイ先生」
ブランケットの温もりと、ククイの揺るぎない安心感に包まれて、サナは今度こそホッとしたように息を吐いた。
賑やかなチャイムは鳴らなくても、世界で一番優しくて温かい保健室が、今、ここにはあった。
ククイは実際の教室さながらのハツラツとした声を出し、一人きりの生徒に向かって茶目っ気たっぷりに一礼した。ベッドの上で上体を起こしたサナは、少し照れくさそうに「アローラ」と返す。
講義が始まると、研究所の中はまるで静かな特別教室のようになった。
「アローラ地方には、独自の歴史と文化がある。四大島にはそれぞれ『カプ』と呼ばれる守り神のポケモンがいてな。人々は古くから彼らを敬い、共に生きてきたんだ。……そう、例えばアーカラ島のカプ・テテフはな……」
ククイの声は、いつものスクールでの授業と同じように情熱的で、それでいてサナの耳に優しく届くよう、心なしかボリュームが抑えられていた。
大きな教科書の挿絵をサナに見せながら、身振り手振りを交えて語る。その姿を見ているだけで、サナは本当に自分が賑やかなポケモンスクールの一員になれたような、誇らしい気持ちに満たされていった。
しかし、講義が始まって20分が過ぎた頃。
アローラの暖かな風が窓から吹き込んでいるはずなのに、サナの指先が不自然に冷え始めていた。
(あれ……おかしいな。なんだか、急に……)
頭が少しだけ重くなり、皮膚の表面がゾワゾワと泡立つような感覚。
サナはククイの授業を遮りたくなくて、気づかれないようにそっと、半袖の腕を自らの手でさすった。けれど、一度感じてしまった寒気は止まらない。ガチガチと奥歯が鳴りそうになるのを、唇を噛んで必死に堪えた。
ククイのペンが、ホワイトボードの上でピタリと止まる。
彼はサナに背を向けたままだったが、わずかな衣擦れの音と、彼女の呼吸の乱れを見逃さなかった。
「……サナ」
ククイは振り返ると、すぐにホワイトボードマーカーを置き、サナの元へ歩み寄った。
「寒いのかい?」
「えっ……あ、大丈夫、です。ちょっと風が通っただけだから……。授業、すっごく面白いので、続けてください」
無理に笑顔を作ろうとするサナだったが、その身体は小さく震えていた。
ククイは眉をひそめ、けれど決して声を荒らげることなく、すぐさま開いていた窓を静かに閉め切った。そして、ベッドの足元に畳まれていた厚手のブランケットを広げ、サナの肩から優しく包み込むように掛けてやる。
「先生の観察眼をくびるんじゃないぜ、サナ。アローラの風は今、ちっとも冷たくない」
ククイはそう言って苦笑すると、サナの額にそっと自身の大きな掌を当てた。
ひんやりとした彼の体温が心地よく、サナは思わずうっとりと目を閉じる。
「熱は……まだ平気だな。講義に集中しすぎて、少し体力を使い果たしちゃったか」
「ごめんなさい……。せっかく博士が、私のために時間割を作ってくれたのに……」
「謝ることじゃないさ。これも立派な『スクールの一部』だ」
ククイは優しく微笑み、サナの頭をポンポンと撫でた。
「実際のスクールでもな、体調が悪くなったら保健室に行く。無理をして授業を続ける生徒は、俺が絶対に許さないことにしてるんだ。……よし、少し早いが、1時間目はここまで!」
ククイはホワイトボードの『1時間目』の文字に素早く斜線を引き、その横に『よく頑張りました』と書き足した。
「さあ、サナ。次は2時間目――お待ちかねの『お昼寝の時間』だ。保健室の先生の代わりに、俺がここで君が眠るのを見守っててやるから、ゆっくり目を閉じるんだ」
「……はい。ありがとうございます、ククイ先生」
ブランケットの温もりと、ククイの揺るぎない安心感に包まれて、サナは今度こそホッとしたように息を吐いた。
賑やかなチャイムは鳴らなくても、世界で一番優しくて温かい保健室が、今、ここにはあった。