世界一優しい私の主治医

アローラの太陽が眩しく降り注ぐ市場(マーケット)は、色とりどりの木の実や、活気ある店主たちの声で溢れていた。

「サナ、歩くスピードは大丈夫か? 疲れたらいつでも言うんだぞ」
「はい! 今日はすごく調子がいいんです。博士と一緒に歩けるのが嬉しくて……」

サナは少し上気した顔で微笑んだ。数日ぶりの外出。潮風に乗って届くスパイスや花の香りに、彼女の瞳は好奇心でキラキラと輝いている。

そんな中、一軒のアクセサリーショップの前を通りかかったとき、サナの足がわずかに止まった。

(あ……きれい……)

彼女の視線の先には、小ぶりなひまわりを模したヘアクリップがあった。アローラの陽光をそのまま形にしたような、鮮やかな黄色。病室の白に慣れてしまった今の彼女にとって、その色は「生命力」そのものに見えた。

しかし、サナはすぐに視線を逸らし、何もなかったかのように歩き出した。
高価なものではないかもしれない。けれど、自分の療養のために博士がどれだけの時間と労力を割いているかを知っている彼女は、「これが欲しい」という我儘をどうしても口にできなかった。

ククイはその一連の動きを、サングラスの奥で見逃さなかった。
彼女が何を欲しがり、なぜそれを言い出せなかったのか。サナの繊細な指先が、服の裾をぎゅっと握りしめた瞬間にすべてを察した。

「サナ、喉が渇かないか? あそこのジューススタンドで、カプ・ブルルのマンゴージュースでも買ってきてやるよ」
「えっ、あ、ありがとうございます……!」
「すぐ戻る。ここで少し休んでいてくれ」

サナをパラソルの下のベンチに座らせると、ククイはジューススタンドへ向かうフリをして、足早に先ほどのショップへ引き返した。

「店主さん、さっきのひまわりのクリップを。……ああ、包まなくていい。そのまま渡したいんだ」

数秒のやり取りで支払いを済ませ、小さなひまわりをポケットに忍ばせる。それから何食わぬ顔でジュースを二つ買い、サナのもとへ戻った。

「お待たせ。冷たいぞ」
「わあ、ありがとうございます、博士!」

サナが冷たいカップを受け取り、幸せそうにストローをくわえたその時。

「サナ、ちょっとじっとしていろ」
「え……?」

不意に伸びてきたククイの大きな掌に、サナは肩をすくめた。
博士の指先が、彼女の柔らかな髪を優しく梳く。そして、耳の少し上のあたりに、カチリと小さな金属の音が響いた。

「よし、よく似合ってるぜ」

ククイが差し出したスマートフォンの画面。そこに映っていたのは、自分の髪の上で誇らしげに咲く、先ほどのひまわりだった。

「えっ……いつの間に!? でも、これは……」
「さっき、サナがこいつを見て笑ったような気がしてな。今日の太陽みたいなサナの笑顔に、ぴったりだと思ったんだ」

サナは驚きに目を見開いたあと、そっとひまわりに触れた。指先から伝わるプラスチックの質感は、どんな薬よりも温かく彼女の胸に染み渡った。

「……大切にします。ありがとうございます、博士」

少し照れくさそうに笑うサナの横顔を見て、ククイは満足そうに自身のジュースを口にした。

「ああ。これからは欲しいものがある時は、心の中の『エスパータイプ』に頼らずに、ちゃんと言葉にしてくれよ? 俺は君の願いを叶えるために、ここにいるんだからな」

市場の喧騒の中、サナの髪で揺れるひまわりは、彼女が前を向いて歩き出すための、小さな、けれど確かな光となっていた
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