世界一優しい私の主治医
アローラの夕暮れは、嵐が去った後の海のように静かだった。
激しい嘔吐の波がようやく収まり、サナは点滴のチューブに繋がれたまま、ククイの腕の中でぐったりと身体を預けていた。
【診察記録:日没】
状態: 劇烈な消化器症状の鎮静、および極度の疲労による脱力。
症状: 蒼白な顔色、かすれた声、および点滴による水分補給中。
分析: 制吐剤の導入と輸液により、バイタルは安定に向かっている。現在は「戦い終えた後の虚脱」の状態。精神的なケアと、口腔内の不快感の除去を優先する。
「……はか、せ……。……お水……」
サナは、シャツを汗で重く湿らせたまま、カサカサに乾いた唇を微かに動かした。
ククイは、冷たい水で濡らした脱脂綿をピンセットで掴み、彼女の唇をそっと湿らせた。
「今はまだ飲んじゃダメだぞ。もう少し胃が落ち着くまで、これで我慢だ。……苦かったな、サナ。よく頑張った」
「……わたし、……かっこ悪い、です……。……はかせの、お洋服も……よごして……」
サナは、脚を申し訳なさそうに縮めた。
ククイの白衣には、彼女を抱きしめていた時に付いた汚れが残っていたが、彼はそれを気にする素振りも見せず、逆にサナの乱れた前髪を、濡れたタオルで丁寧に拭い去った。
「かっこ悪いなんてことはない。身体の毒を出そうとするのは、生きようとする強い力が働いている証拠だ。……むしろ、俺は君のその『生きる意欲』に、また一つ教えられたよ」
ククイはサナの隣に横たわるようにして、彼女の細い肩をそっと抱き寄せた。点滴の液が、一定のリズムでポタ、ポタと落ちる音が、静かなロフトに響く。
「……もう、……でない……?」
「あぁ、もう出ない。薬がきれいに掃除してくれた。……今夜はもう、何も考えなくていい。俺がこうして、君の身体が元通りになるのを隣で見守っているから」
サナは、博士の胸に顔を埋めるようにして、深く、深い息を吐いた。
喉の奥に残っていた嫌な味が、博士の清潔な石鹸の香りに上書きされていく。
『劇烈な症状の収束を確認。
心身ともに消耗が激しく、今後数時間は厳重な安静が必要である。
……彼女の小さな身体が、俺の腕の中で少しずつ柔らかくなっていく。
「汚してしまった」と謝る彼女の優しさが、今は何よりも切ない。
治療とは、単に病気を治すことではない。
こうして泥だらけになりながら、彼女の『生』を支え、守り抜くことなのだと。
彼女が眠りにつくまで、俺はこの汚れた白衣を脱ぐつもりはない。
それが、今日彼女と一緒に戦った、俺なりの証だからな。』
窓の外では、一番星が静かにアローラの夜を連れてきた。
サナは点滴の冷たさと、博士の力強い鼓動を同時に感じながら、あんなに怖かった「空っぽの身体」が、安心感で満たされていくのを感じていた。
激しい嘔吐の波がようやく収まり、サナは点滴のチューブに繋がれたまま、ククイの腕の中でぐったりと身体を預けていた。
【診察記録:日没】
状態: 劇烈な消化器症状の鎮静、および極度の疲労による脱力。
症状: 蒼白な顔色、かすれた声、および点滴による水分補給中。
分析: 制吐剤の導入と輸液により、バイタルは安定に向かっている。現在は「戦い終えた後の虚脱」の状態。精神的なケアと、口腔内の不快感の除去を優先する。
「……はか、せ……。……お水……」
サナは、シャツを汗で重く湿らせたまま、カサカサに乾いた唇を微かに動かした。
ククイは、冷たい水で濡らした脱脂綿をピンセットで掴み、彼女の唇をそっと湿らせた。
「今はまだ飲んじゃダメだぞ。もう少し胃が落ち着くまで、これで我慢だ。……苦かったな、サナ。よく頑張った」
「……わたし、……かっこ悪い、です……。……はかせの、お洋服も……よごして……」
サナは、脚を申し訳なさそうに縮めた。
ククイの白衣には、彼女を抱きしめていた時に付いた汚れが残っていたが、彼はそれを気にする素振りも見せず、逆にサナの乱れた前髪を、濡れたタオルで丁寧に拭い去った。
「かっこ悪いなんてことはない。身体の毒を出そうとするのは、生きようとする強い力が働いている証拠だ。……むしろ、俺は君のその『生きる意欲』に、また一つ教えられたよ」
ククイはサナの隣に横たわるようにして、彼女の細い肩をそっと抱き寄せた。点滴の液が、一定のリズムでポタ、ポタと落ちる音が、静かなロフトに響く。
「……もう、……でない……?」
「あぁ、もう出ない。薬がきれいに掃除してくれた。……今夜はもう、何も考えなくていい。俺がこうして、君の身体が元通りになるのを隣で見守っているから」
サナは、博士の胸に顔を埋めるようにして、深く、深い息を吐いた。
喉の奥に残っていた嫌な味が、博士の清潔な石鹸の香りに上書きされていく。
『劇烈な症状の収束を確認。
心身ともに消耗が激しく、今後数時間は厳重な安静が必要である。
……彼女の小さな身体が、俺の腕の中で少しずつ柔らかくなっていく。
「汚してしまった」と謝る彼女の優しさが、今は何よりも切ない。
治療とは、単に病気を治すことではない。
こうして泥だらけになりながら、彼女の『生』を支え、守り抜くことなのだと。
彼女が眠りにつくまで、俺はこの汚れた白衣を脱ぐつもりはない。
それが、今日彼女と一緒に戦った、俺なりの証だからな。』
窓の外では、一番星が静かにアローラの夜を連れてきた。
サナは点滴の冷たさと、博士の力強い鼓動を同時に感じながら、あんなに怖かった「空っぽの身体」が、安心感で満たされていくのを感じていた。