世界一優しい私の主治医
アローラの昼下がり、眩しいほどの陽光が研究所を包み込んでいた。しかし、ロフトの隅に位置するサナのベッドだけは、重苦しい沈黙と恐怖の境界線となっていた。
【カルテ:午後】
状態: 激しい感覚過敏を伴う被害妄想的状態(熱性譫妄の残滓、または極度の心神衰弱)。
症状: 視覚・聴覚刺激への過剰な拒絶、および自閉的行動。
分析: 脳が過労状態にあり、本来「安全」であるはずの外部情報をすべて「生命への脅威」と誤認して処理している。
(……こわい、……こないで……)
サナは身体を震わせ、厚い布団を頭から被って、小さな球体のように丸まっていた。
脚を胸元へ引き寄せ、自分という存在を限界まで小さくする。今の彼女にとって、窓から差し込む光は「肌を焼く刃」であり、遠くで鳴くポケモンの声は「自分を見つけ出そうとする咆哮」にしか聞こえなかった。
風に揺れるカーテンの影さえも、自分を捕らえに来る巨大な手のひらに見えてしまう。世界そのものが、自分を消し去ろうとする巨大な装置になったかのような錯覚。
「サナ、……少しだけ、入ってもいいか?」
階段の下から聞こえたククイの落ち着いた声。それさえも、今のサナには「静寂を切り裂く暴力」として響いた。
「……こないで! ……みないで、……お願い……っ!」
布団の中から漏れたのは、押し殺したような、けれど必死な悲鳴だった。
ククイはロフトの入り口で足を止めた。いつもならすぐに駆け寄るところだが、今の彼女にとって「近づくこと」がどれほどの恐怖であるかを、彼はその声の震えから即座に察知した。
「……あぁ、わかった。そこから動かない。……カーテンも閉めるし、光も消そう。……アローラを、一度全部、おやすみさせような」
ククイは物音を一切立てず、極めて慎重な動きで厚手の遮光カーテンを引き、部屋を深い薄闇で満たした。そして、サナのベッドから数メートル離れた床に、静かに腰を下ろした。
「サナ、……俺は今、床に座っている。……君の布団には触れないし、君を見ることもない。……俺はただの、動かない岩だと思ってくれ」
ククイはそれ以上、何も言わなかった。
暗闇と、博士の規則正しい静かな呼吸音だけが、部屋を支配する。サナは布団の隙間から、わずかに出る空気を頼りに、外の様子を伺った。
(……岩、……はかせ……)
世界が自分を襲うのをやめ、ただ静かな闇だけが自分を包んでいる。その中心に、決して自分を傷つけない「確かな重み」があることを、サナは本能で理解し始めた。
『深刻な感覚過敏および防衛本能の暴走を確認。
言葉による説得は無効であり、むしろ刺激を強める結果となる。
「何もしないこと」「物理的・視覚的刺激を最小化すること」で、彼女の脳が「ここは安全だ」と再認識するまで待機する必要がある。
……布団の中で震える彼女の気配が、少しずつ落ち着いていく。
世界を敵だと感じてしまうほどの孤独の中に、俺だけは『安全な領域』として存在し続けなければならない。』
窓の外では、アローラの太陽が厚いカーテンに遮られ、部屋の中だけが深い夜のような静寂に守られていた。
サナは、布団の重みを「自分を守る鎧」だと感じられるようになり、博士の静かな気配を道標に、ようやく浅い眠りへと落ちていった。
【カルテ:午後】
状態: 激しい感覚過敏を伴う被害妄想的状態(熱性譫妄の残滓、または極度の心神衰弱)。
症状: 視覚・聴覚刺激への過剰な拒絶、および自閉的行動。
分析: 脳が過労状態にあり、本来「安全」であるはずの外部情報をすべて「生命への脅威」と誤認して処理している。
(……こわい、……こないで……)
サナは身体を震わせ、厚い布団を頭から被って、小さな球体のように丸まっていた。
脚を胸元へ引き寄せ、自分という存在を限界まで小さくする。今の彼女にとって、窓から差し込む光は「肌を焼く刃」であり、遠くで鳴くポケモンの声は「自分を見つけ出そうとする咆哮」にしか聞こえなかった。
風に揺れるカーテンの影さえも、自分を捕らえに来る巨大な手のひらに見えてしまう。世界そのものが、自分を消し去ろうとする巨大な装置になったかのような錯覚。
「サナ、……少しだけ、入ってもいいか?」
階段の下から聞こえたククイの落ち着いた声。それさえも、今のサナには「静寂を切り裂く暴力」として響いた。
「……こないで! ……みないで、……お願い……っ!」
布団の中から漏れたのは、押し殺したような、けれど必死な悲鳴だった。
ククイはロフトの入り口で足を止めた。いつもならすぐに駆け寄るところだが、今の彼女にとって「近づくこと」がどれほどの恐怖であるかを、彼はその声の震えから即座に察知した。
「……あぁ、わかった。そこから動かない。……カーテンも閉めるし、光も消そう。……アローラを、一度全部、おやすみさせような」
ククイは物音を一切立てず、極めて慎重な動きで厚手の遮光カーテンを引き、部屋を深い薄闇で満たした。そして、サナのベッドから数メートル離れた床に、静かに腰を下ろした。
「サナ、……俺は今、床に座っている。……君の布団には触れないし、君を見ることもない。……俺はただの、動かない岩だと思ってくれ」
ククイはそれ以上、何も言わなかった。
暗闇と、博士の規則正しい静かな呼吸音だけが、部屋を支配する。サナは布団の隙間から、わずかに出る空気を頼りに、外の様子を伺った。
(……岩、……はかせ……)
世界が自分を襲うのをやめ、ただ静かな闇だけが自分を包んでいる。その中心に、決して自分を傷つけない「確かな重み」があることを、サナは本能で理解し始めた。
『深刻な感覚過敏および防衛本能の暴走を確認。
言葉による説得は無効であり、むしろ刺激を強める結果となる。
「何もしないこと」「物理的・視覚的刺激を最小化すること」で、彼女の脳が「ここは安全だ」と再認識するまで待機する必要がある。
……布団の中で震える彼女の気配が、少しずつ落ち着いていく。
世界を敵だと感じてしまうほどの孤独の中に、俺だけは『安全な領域』として存在し続けなければならない。』
窓の外では、アローラの太陽が厚いカーテンに遮られ、部屋の中だけが深い夜のような静寂に守られていた。
サナは、布団の重みを「自分を守る鎧」だと感じられるようになり、博士の静かな気配を道標に、ようやく浅い眠りへと落ちていった。