世界一優しい私の主治医
アローラの午後は、時間が止まってしまったかのように凪いでいた。
窓の外ではヤシの葉が微かに揺れ、波の音が一定のリズムで繰り返されている。だが、ベッドの上で横たわるサナにとって、その「一定のリズム」こそが、今日という日を果てしなく長いものに感じさせていた。
【カルテ:午後】
状態: 倦怠感に伴う時間失認(タイム・ディストーション)。
症状: 思考の鈍麻、および「終わりの見えない」感覚による精神的疲弊。
分析: 身体的苦痛により注意力が内面(苦痛や不快感)に固執。外部刺激が遮断された結果、主観的な時間が通常の数倍に引き延ばされている。
(……まだ、……おひる、なのかな……)
サナはシャツの胸元を小さく掴み、壁にかかった時計の針をじっと見つめた。
秒針がカチリと動く音が、脳内に重く響く。さっき確認したときから、まだ五分しか経っていない。身体は熱を帯びて重く、寝返りを打つことさえ億劫だった。
一分が、一時間のように。
一時間が、一日のように。
天井の木目を数え、窓から差し込む光の角度が変わるのを待つだけの時間は、元気なときには想像もできなかったほど過酷な「持久戦」だった。
「サナ、調子はどうだ。……まだ、長い戦いの最中か?」
ククイが、冷たい水を入れたボウルとタオルを持ってロフトへ上がってきた。
彼はサナの虚ろな視線を見ただけで、彼女が今、終わりのない時間の迷路に迷い込んでいることを察した。
「……はかせ、……今日、……ぜんぜん、終わらないの……。……時計が、……こわれちゃったみたい……」
サナの声は、掠れて消えそうだった。ククイは何も言わず、冷たいタオルを絞ると、熱を持ったサナの額と首筋を優しく拭った。
「あぁ。体調が悪い時の時間は、意地悪だからな。……わざとゆっくり歩いて、君を退屈させようとするんだ」
ククイはサナの手を取り、ゆっくりと指の関節を動かすようにマッサージを始めた。
「でもな、サナ。時間が長く感じるのは、君の身体がそれだけ必死に戦っている証拠だ。……君の細胞の一つひとつが、一秒も休まずに、君を治そうと頑張っている。……その一秒一秒が、俺にとっては君を健康に近づける大切な一歩なんだぞ」
「……わたしの、からだ、……がんばってるの……?」
「あぁ。フル稼働だ。……だから、時間は長くてもいい。……俺も、その長い時間に付き合う。……ほら、次の診察まで、俺がアローラの昔話をしてやろう。……話を聞いているうちに、意地悪な時間は少しだけ走るのが速くなるはずだ」
ククイはベッドサイドの椅子に深く腰掛け、彼女の呼吸に合わせて、穏やかな声で語り始めた。
『主観的時間の伸長による精神的ストレスを確認。
療養生活において「何もしない時間」は、患者にとって最大の敵になり得る。
身体を動かせない以上、聴覚や触覚を通じた会話のリズムで、彼女の体感時間を再構築する必要がある。
……俺の話を聞きながら、彼女の瞼が少しずつ重くなっていく。
時間が長く感じるのは、彼女が一生懸命に「今」を生きているからだ。
彼女が眠りにつくその瞬間まで、俺はこの長い一日の同伴者であり続ける。』
窓の外では、ようやく太陽がオレンジ色に溶け始め、長い一日の終わりを告げようとしていた。
サナは博士の声の心地よいリズムに身を任せ、あんなに長く感じた時間の波が、少しずつ穏やかな眠りへと吸い込まれていくのを感じていた。
窓の外ではヤシの葉が微かに揺れ、波の音が一定のリズムで繰り返されている。だが、ベッドの上で横たわるサナにとって、その「一定のリズム」こそが、今日という日を果てしなく長いものに感じさせていた。
【カルテ:午後】
状態: 倦怠感に伴う時間失認(タイム・ディストーション)。
症状: 思考の鈍麻、および「終わりの見えない」感覚による精神的疲弊。
分析: 身体的苦痛により注意力が内面(苦痛や不快感)に固執。外部刺激が遮断された結果、主観的な時間が通常の数倍に引き延ばされている。
(……まだ、……おひる、なのかな……)
サナはシャツの胸元を小さく掴み、壁にかかった時計の針をじっと見つめた。
秒針がカチリと動く音が、脳内に重く響く。さっき確認したときから、まだ五分しか経っていない。身体は熱を帯びて重く、寝返りを打つことさえ億劫だった。
一分が、一時間のように。
一時間が、一日のように。
天井の木目を数え、窓から差し込む光の角度が変わるのを待つだけの時間は、元気なときには想像もできなかったほど過酷な「持久戦」だった。
「サナ、調子はどうだ。……まだ、長い戦いの最中か?」
ククイが、冷たい水を入れたボウルとタオルを持ってロフトへ上がってきた。
彼はサナの虚ろな視線を見ただけで、彼女が今、終わりのない時間の迷路に迷い込んでいることを察した。
「……はかせ、……今日、……ぜんぜん、終わらないの……。……時計が、……こわれちゃったみたい……」
サナの声は、掠れて消えそうだった。ククイは何も言わず、冷たいタオルを絞ると、熱を持ったサナの額と首筋を優しく拭った。
「あぁ。体調が悪い時の時間は、意地悪だからな。……わざとゆっくり歩いて、君を退屈させようとするんだ」
ククイはサナの手を取り、ゆっくりと指の関節を動かすようにマッサージを始めた。
「でもな、サナ。時間が長く感じるのは、君の身体がそれだけ必死に戦っている証拠だ。……君の細胞の一つひとつが、一秒も休まずに、君を治そうと頑張っている。……その一秒一秒が、俺にとっては君を健康に近づける大切な一歩なんだぞ」
「……わたしの、からだ、……がんばってるの……?」
「あぁ。フル稼働だ。……だから、時間は長くてもいい。……俺も、その長い時間に付き合う。……ほら、次の診察まで、俺がアローラの昔話をしてやろう。……話を聞いているうちに、意地悪な時間は少しだけ走るのが速くなるはずだ」
ククイはベッドサイドの椅子に深く腰掛け、彼女の呼吸に合わせて、穏やかな声で語り始めた。
『主観的時間の伸長による精神的ストレスを確認。
療養生活において「何もしない時間」は、患者にとって最大の敵になり得る。
身体を動かせない以上、聴覚や触覚を通じた会話のリズムで、彼女の体感時間を再構築する必要がある。
……俺の話を聞きながら、彼女の瞼が少しずつ重くなっていく。
時間が長く感じるのは、彼女が一生懸命に「今」を生きているからだ。
彼女が眠りにつくその瞬間まで、俺はこの長い一日の同伴者であり続ける。』
窓の外では、ようやく太陽がオレンジ色に溶け始め、長い一日の終わりを告げようとしていた。
サナは博士の声の心地よいリズムに身を任せ、あんなに長く感じた時間の波が、少しずつ穏やかな眠りへと吸い込まれていくのを感じていた。