世界一優しい私の主治医

アローラの東の空が白み始め、海鳥たちが活動を開始する頃、研究所のロフトにはようやく静寂が訪れていた。
つい一時間ほど前まで、サナを苦しめていた激しい咳の嵐は、彼女の体力を根こそぎ奪い去り、今はただ泥のような深い眠りだけがそこにあった。

【カルテ:早朝】

状態: 遷延する夜間咳嗽後の昏睡的睡眠。

症状: 外部刺激に対する反応の消失、および代謝の低下。

分析: 夜通しの呼吸筋の酷使により、身体が深刻な酸欠と疲労状態にある。生命維持のために脳が強制的に意識を遮断しており、通常の覚醒は困難と判断。

「サナ、朝だぞ。薬の時間だ」

ククイはいつものように、トレイに乗せた水と薬を持ってロフトへ上がった。だが、ベッドに横たわるサナの姿を見た瞬間、その歩調を緩めた。

サナはシャツを乱し、枕から落ちそうなほど深く沈み込んでいる。脚は力なく投げ出され、いつもならククイの足音に反応して動く睫毛も、今はピクリとも動かない。

「……サナ?」

ククイはベッドサイドに膝をつき、彼女の肩を優しく揺すった。
通常なら、この程度の刺激で彼女は目を覚ます。しかし、昨夜の彼女は一晩中、肺を突き破らんばかりの咳と戦い続けていた。その壮絶な戦いの跡が、青白い頬と、固く結ばれたままの唇に刻まれている。

「……ん、……ぅ……」

微かな呻き声が漏れたが、瞼が開く気配はない。サナの意識は、あまりにも深い疲労の底に沈んでいて、ククイの声さえ届かない場所にいた。

ククイは無理に起こすのをやめ、彼女の手首に指を当てた。脈拍は弱いが、必死に命を刻もうとする規則正しいリズム。指先は冷たく、夜通しの体温消耗を物語っている。

「……無理もないな。あんなに戦ったんだ、今はここが戦場だってことを忘れていい」

ククイは薬の入ったトレイをサイドテーブルに置き、彼女の胸元まで毛布を丁寧に引き上げた。今、彼女に最も必要なのは、化学物質としての薬よりも、身体が自らを修復するための「無」の時間だ。

『夜間咳嗽による重度の身体的疲弊を確認。
定時の薬服用よりも、生理的な睡眠による体力の回復を最優先とする。
投薬スケジュールは二時間後ろ倒しに調整。
……眠り続ける彼女の顔は、あまりにも幼く、壊れそうだ。
朝の光が彼女の頬を照らし始める。
このまま、彼女の肺が穏やかな空気で満たされるまで、俺はここで彼女の「静かな時間」を見守り続けることにする。』

窓の外では、アローラの太陽が力強く昇り始めていたが、ククイはブラインドを静かに下ろし、サナの眠りを守るための暗闇を保った。
サナは、ようやく訪れた安らぎの中で、博士が隣にいることさえ気づかないほど深く、深く眠り続けていた。
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