世界一優しい私の主治医
【午前 8:00】 覚醒と絶望の境界
【カルテ:朝】
体温: 38.9度。
呼吸: 喘鳴(ぜんめい)強く、吸入を要する。
サナの朝は、爽やかな目覚めとは程遠い。胸を押し潰すような重圧感と、喉に絡みつく不快な咳で、意識は無理やり現実へと引き戻される。
「……っ、げほっ! ……はぁ、……はぁ……っ」
シャツは、夜の間の冷や汗でぐっしょりと重い。サナは震える手でシーツを掴み、隣にいるククイに助けを求める。
「……はか、せ……。……くる、しい……です……」
「わかっている。すぐ準備するからな、サナ。ゆっくり吐くんだ」
ククイは迷いのない動きで吸入器を準備し、彼女の背中を支える。薬が肺に届くまでの数分間、サナにとっては永遠のような時間に感じられる。
【午後 2:00】 止まった景色と倦怠感
日差しが最も強くなる頃、サナの体は鉛のような倦怠感に支配されていた。
足は、自分の意思では一歩も動かせないほどに重い。ロフトの窓から見える海はあんなに青いのに、今の彼女には、その景色さえも遠い別世界の出来事のように思えた。
「……博士。……私、……生きてる、だけ……ですね……」
ポツリと漏らした言葉に、ククイはカルテを書き終えると、静かに彼女の隣に腰を下ろした。
「サナ、生きていることは『だけ』じゃない。君の体が今、全力で戦っている証拠だ。……呼吸を一つするごとに、君は一歩ずつゴールへ進んでいるんだぞ」
彼はそう言って、冷たいタオルで彼女の熱いこめかみを優しく拭った。その手のひらの温度だけが、彼女を現実へと繋ぎ止める唯一の希望だった。
【午後 7:00】 終わらない咳の嵐
夕闇が降りてくると、再び症状が悪化し始める。
一度始まった咳の発作は、彼女から言葉も、体力も、そして明日への希望さえも奪い去っていく。
「……っ、ごほっ、ごほっ、ごほっ!! ……っ、……ぁ……っ」
咳き込むたびに、頭が割れるような痛みに襲われる。サナはククイの白衣の裾を握りしめ、必死に酸素を求めてもがく。
「……もう、……やだ、……っ。……はかせ、……おねがい、……止めて……っ」
涙が止まらない。不甲斐なさと、終わりの見えない苦しみが、彼女の心を粉々に砕こうとする。ククイは彼女を強く抱きしめ、その背中をずっと、ずっとさすり続けた。
「大丈夫だ、俺がここにいる。……嵐は必ず過ぎ去る。俺が、君を一人にはさせない」
【深夜 0:00】 祈りと微睡み
ようやく咳が落ち着き、サナは力尽きたようにククイの腕の中で目を閉じた。
けれど、その眠りは浅く、数分おきに悪夢と熱にうなされては、博士の存在を確かめるように手を伸ばす。
ククイは一晩中、その手を離さなかった。
『深夜:激しい咳嗽(がいそう)発作ののち、ようやく入眠。
体力の消耗は激しいが、瞳の奥に宿る光はまだ消えていない。
明日の朝、彼女が最初に見る景色が、今日よりも少しだけ優しいものであるように。
……俺のカルテに、限界という文字はない。』
アローラの夜風が、静かにロフトを通り抜けていく。
一日を戦い抜いたサナの、小さくも確かな寝息が、博士のカルテに刻まれた一番大切な「生の記録」だった。
【カルテ:朝】
体温: 38.9度。
呼吸: 喘鳴(ぜんめい)強く、吸入を要する。
サナの朝は、爽やかな目覚めとは程遠い。胸を押し潰すような重圧感と、喉に絡みつく不快な咳で、意識は無理やり現実へと引き戻される。
「……っ、げほっ! ……はぁ、……はぁ……っ」
シャツは、夜の間の冷や汗でぐっしょりと重い。サナは震える手でシーツを掴み、隣にいるククイに助けを求める。
「……はか、せ……。……くる、しい……です……」
「わかっている。すぐ準備するからな、サナ。ゆっくり吐くんだ」
ククイは迷いのない動きで吸入器を準備し、彼女の背中を支える。薬が肺に届くまでの数分間、サナにとっては永遠のような時間に感じられる。
【午後 2:00】 止まった景色と倦怠感
日差しが最も強くなる頃、サナの体は鉛のような倦怠感に支配されていた。
足は、自分の意思では一歩も動かせないほどに重い。ロフトの窓から見える海はあんなに青いのに、今の彼女には、その景色さえも遠い別世界の出来事のように思えた。
「……博士。……私、……生きてる、だけ……ですね……」
ポツリと漏らした言葉に、ククイはカルテを書き終えると、静かに彼女の隣に腰を下ろした。
「サナ、生きていることは『だけ』じゃない。君の体が今、全力で戦っている証拠だ。……呼吸を一つするごとに、君は一歩ずつゴールへ進んでいるんだぞ」
彼はそう言って、冷たいタオルで彼女の熱いこめかみを優しく拭った。その手のひらの温度だけが、彼女を現実へと繋ぎ止める唯一の希望だった。
【午後 7:00】 終わらない咳の嵐
夕闇が降りてくると、再び症状が悪化し始める。
一度始まった咳の発作は、彼女から言葉も、体力も、そして明日への希望さえも奪い去っていく。
「……っ、ごほっ、ごほっ、ごほっ!! ……っ、……ぁ……っ」
咳き込むたびに、頭が割れるような痛みに襲われる。サナはククイの白衣の裾を握りしめ、必死に酸素を求めてもがく。
「……もう、……やだ、……っ。……はかせ、……おねがい、……止めて……っ」
涙が止まらない。不甲斐なさと、終わりの見えない苦しみが、彼女の心を粉々に砕こうとする。ククイは彼女を強く抱きしめ、その背中をずっと、ずっとさすり続けた。
「大丈夫だ、俺がここにいる。……嵐は必ず過ぎ去る。俺が、君を一人にはさせない」
【深夜 0:00】 祈りと微睡み
ようやく咳が落ち着き、サナは力尽きたようにククイの腕の中で目を閉じた。
けれど、その眠りは浅く、数分おきに悪夢と熱にうなされては、博士の存在を確かめるように手を伸ばす。
ククイは一晩中、その手を離さなかった。
『深夜:激しい咳嗽(がいそう)発作ののち、ようやく入眠。
体力の消耗は激しいが、瞳の奥に宿る光はまだ消えていない。
明日の朝、彼女が最初に見る景色が、今日よりも少しだけ優しいものであるように。
……俺のカルテに、限界という文字はない。』
アローラの夜風が、静かにロフトを通り抜けていく。
一日を戦い抜いたサナの、小さくも確かな寝息が、博士のカルテに刻まれた一番大切な「生の記録」だった。