世界一優しい私の主治医
【カルテ:深夜】
緊急事態: 気道出血(喀血)を確認。
症状: 激しい湿性咳嗽(がいそう)、および鮮紅色の喀出。
状態: 呼吸困難、血圧低下に伴うショック症状の予兆。
「……ごほっ、……げほっ、……っ!?」
激しい咳と共に、口内に鉄の味が広がった。
サナが口元を押さえた指の間から、熱い液体が溢れ出し、白いシーツに鮮やかな紅い斑点を作っていく。それはアローラの夕日よりもずっと濃く、残酷な色をしていた。
「……あ、……ぁ……っ」
声が出ない。喉が血で塞がり、空気を吸い込もうとするたびに、ゴボゴボという不快な音が胸の奥で鳴る。サナは必死に手を伸ばし、枕元の呼び出しベルを叩き落とした。
「サナ! 何があった!?」
階下から駆け上がってきたククイがライトをつけた瞬間、彼は言葉を失った。
真っ白なシーツの上で、血に濡れた口元を押さえ、絶望に目を見開いているサナの姿。オレンジのシャツには、飛び散った紅い飛沫が幾つも付着していた。
「……はかせ、……わたし、……死んじゃうの……?」
サナの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。溢れる血は止まらず、彼女の細い顎を伝ってシーツを汚し続けた。
「死なせない! 喋るな、サナ。ゆっくり息を吐くだけでいい!」
ククイは瞬時に動いた。サナを抱き起こし、血が気管に詰まらないよう横向きに寝かせると、手際よく止血剤の準備と酸素吸入を開始した。
彼の指先は、かつてないほどに冷えていた。主治医として、これがどれほど深刻な事態であるかを理解しすぎているがゆえの、剥き出しの戦慄。
「……っ、……ひっ、……はぁ……っ」
「いいか、俺を見ろ。……この血は、君が戦っている証だ。悪いものを外に出そうとしているだけだ。……大丈夫だ、俺がここにいる。全部止めてやる!」
ククイはサナの血に汚れた手を、自分の白衣で拭いながら、力強く握りしめた。
彼の白い袖口がサナの血で赤く染まっていくが、彼はそれを気にする素振りも見せない。むしろ、その紅い汚れこそが、今この瞬間に彼女の命を繋ぎ止めている自分への「刻印」であるかのように。
数十分後。処置が功を奏し、出血が落ち着きを見せた頃。
サナは疲れ果て、ククイの腕の中で浅い呼吸を繰り返していた。
「……ごめん、なさい……。……白衣、……汚れちゃった……」
「……バカなことを言うな。……こんなもの、洗えば落ちる。……だがな、サナ。君を失った心の汚れは、一生かかっても落ちないんだ」
ククイは、彼女の蒼白な額に自分の額を寄せ、祈るように目を閉じた。
『急性気道出血を確認。応急処置により一時止血。
身体的ダメージ以上に、自身の鮮血を目にしたことによる精神的ショックが甚大。
「死の恐怖」を払拭するため、24時間の密着監視と、徹底的な対症療法を継続。
彼女のシャツを替え、シーツを替え、この「紅い夜」の記憶を、明日という光で塗り替えなければならない。
主治医として、これ以上の侵食を断固として拒絶する。』
窓の外では、ようやく夜明けの気配が忍び寄っていた。
サナは、博士の白衣に残った微かな鉄の匂いと、それを上回る彼の体温を感じながら、震える手を、再び彼に預けた。
緊急事態: 気道出血(喀血)を確認。
症状: 激しい湿性咳嗽(がいそう)、および鮮紅色の喀出。
状態: 呼吸困難、血圧低下に伴うショック症状の予兆。
「……ごほっ、……げほっ、……っ!?」
激しい咳と共に、口内に鉄の味が広がった。
サナが口元を押さえた指の間から、熱い液体が溢れ出し、白いシーツに鮮やかな紅い斑点を作っていく。それはアローラの夕日よりもずっと濃く、残酷な色をしていた。
「……あ、……ぁ……っ」
声が出ない。喉が血で塞がり、空気を吸い込もうとするたびに、ゴボゴボという不快な音が胸の奥で鳴る。サナは必死に手を伸ばし、枕元の呼び出しベルを叩き落とした。
「サナ! 何があった!?」
階下から駆け上がってきたククイがライトをつけた瞬間、彼は言葉を失った。
真っ白なシーツの上で、血に濡れた口元を押さえ、絶望に目を見開いているサナの姿。オレンジのシャツには、飛び散った紅い飛沫が幾つも付着していた。
「……はかせ、……わたし、……死んじゃうの……?」
サナの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。溢れる血は止まらず、彼女の細い顎を伝ってシーツを汚し続けた。
「死なせない! 喋るな、サナ。ゆっくり息を吐くだけでいい!」
ククイは瞬時に動いた。サナを抱き起こし、血が気管に詰まらないよう横向きに寝かせると、手際よく止血剤の準備と酸素吸入を開始した。
彼の指先は、かつてないほどに冷えていた。主治医として、これがどれほど深刻な事態であるかを理解しすぎているがゆえの、剥き出しの戦慄。
「……っ、……ひっ、……はぁ……っ」
「いいか、俺を見ろ。……この血は、君が戦っている証だ。悪いものを外に出そうとしているだけだ。……大丈夫だ、俺がここにいる。全部止めてやる!」
ククイはサナの血に汚れた手を、自分の白衣で拭いながら、力強く握りしめた。
彼の白い袖口がサナの血で赤く染まっていくが、彼はそれを気にする素振りも見せない。むしろ、その紅い汚れこそが、今この瞬間に彼女の命を繋ぎ止めている自分への「刻印」であるかのように。
数十分後。処置が功を奏し、出血が落ち着きを見せた頃。
サナは疲れ果て、ククイの腕の中で浅い呼吸を繰り返していた。
「……ごめん、なさい……。……白衣、……汚れちゃった……」
「……バカなことを言うな。……こんなもの、洗えば落ちる。……だがな、サナ。君を失った心の汚れは、一生かかっても落ちないんだ」
ククイは、彼女の蒼白な額に自分の額を寄せ、祈るように目を閉じた。
『急性気道出血を確認。応急処置により一時止血。
身体的ダメージ以上に、自身の鮮血を目にしたことによる精神的ショックが甚大。
「死の恐怖」を払拭するため、24時間の密着監視と、徹底的な対症療法を継続。
彼女のシャツを替え、シーツを替え、この「紅い夜」の記憶を、明日という光で塗り替えなければならない。
主治医として、これ以上の侵食を断固として拒絶する。』
窓の外では、ようやく夜明けの気配が忍び寄っていた。
サナは、博士の白衣に残った微かな鉄の匂いと、それを上回る彼の体温を感じながら、震える手を、再び彼に預けた。