世界一優しい私の主治医

【カルテ:早朝】

状態: 覚醒不全。睡眠慣性(スリープ・イナーシャ)による意識の混濁。

症状: 頭重感、および中枢神経系の著しい疲労。

観察: 呼びかけに対する反応が遅延。覚醒を拒むような強い体動。

「……ん、……ぅ……。……や、だ……。……あけないで……」

サナは、オレンジの花柄シャツを汗で重く湿らせたまま、毛布を頭から被り直した。
現実はあまりにも残酷だ。目覚めた瞬間に、節々の痛みや、喉の渇き、そして自分の体が思い通りに動かないという事実を、再び突きつけられる。

眠りという暗闇の中にいれば、せめて痛みからは逃げられるのに。サナは必死に、遠ざかっていく夢の残骸にしがみつこうとした。

「……サナ。辛いだろうが、一度呼吸を整えよう。……少しだけ、顔を見せてくれ」

聞き慣れた低い声が、厚い毛布越しに届く。ククイの手が、サナを優しく、けれど確実に現実へと引き戻すように、毛布の端に触れた。

「……いや、です……。……はかせ、……まだ、ねてたい……。……おきたくない、の……」

サナの声は、泣き出しそうなほど弱々しい。白いパンツの裾から覗く足首が、寒気と拒絶で小さく丸まった。

「あぁ。無理に起きなくていい。ただ、熱を逃がしてやるだけだ。……ずっと暗闇にいると、心が湿ってしまうぞ」

ククイは強引に剥ぎ取ることはせず、サナの呼吸に合わせて、ゆっくりと毛布をずらしていった。
現れたサナの顔は、昨夜の戦いを物語るように蒼白で、乱れた髪が頬に張り付いている。彼女は眩しさに顔を歪め、ククイの手を避けるようにシーツに顔を押し当てた。

「……おきても、……くるしい、だけ……。……いいことなんて、……なにも、ないのに……」

サナの瞳から、堪えきれない涙が零れ落ちる。
目覚めが悪いのは、体調のせいだけではない。今日という一日を始めるための「希望」という燃料が、今の彼女の中には一滴も残っていなかった。

ククイは何も言わず、冷たい水で絞ったタオルで、サナの熱を持った掌を丁寧に拭き始めた。

「……いいことがないなら、俺が作るまでだ。……ほら、今日の朝食は君が好きなパイルの実を、飲みやすいスープにしてある。……それに、さっきイワンコが君の様子を見に、ドアの前まで来たぞ」

ククイはサナの指先を一本ずつ、解きほぐすようにマッサージしていく。

「目覚めが悪いのは、君がそれだけ一生懸命『昨夜』を戦い抜いた証拠だ。……今はまだ、目が開かなくてもいい。……俺の手の冷たさだけ、感じていろ」

サナは博士の大きな掌から伝わる確かなリズムに、少しずつ、浅かった呼吸を深くしていった。
現実の重さは変わらないけれど、博士の指先が触れる場所から、少しずつ「冷たい静寂」が染み込んでくる。

『深刻な覚醒時不全を確認。
睡眠による一時的な逃避と、現実の苦痛とのギャップによる情緒の不安定。
無理な活動を強要せず、触覚(タオル、マッサージ)による緩やかな覚醒誘導を実施。
「今日を始めること」への恐怖を緩和するため、微細なプラスの情報を意図的に提供する。』

窓の外では、アローラの空が青く澄み渡り、すべてを等しく照らし始めていた。
サナはまだ目は開けられなかったけれど、ククイの掌をぎゅっと握り返すことで、今日という日を、ほんの少しだけ受け入れようとしていた。
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