世界一優しい私の主治医
【カルテ:正午】
状態: 40.0度前後の高熱。激しい嘔気(おうき)。
状況: 空腹時の投薬による胃粘膜へのダメージを懸念。
分析: 食欲不振というよりは、生体防御反応による摂取拒絶。
「……サナ。一口だけでいい。ゼリーでも、このお粥の澄んだ部分だけでも、胃に入れておこう」
ククイの声はどこまでも穏やかだが、その瞳には、薬を飲ませなければ熱が下がらないという、医師としての冷徹な焦燥が隠されていた。
サナはシャツの襟元を掴んだまま、力なく首を振った。
「……むり、です……っ。……においだけで、……もどしそう……。……はかせ、……おねがい、……ごはんなしで、お薬……ちょうだい……」
「だめだ。その薬は強い。空っぽの胃に放り込んだら、今度は胃痛で君を苦しめることになる。……そうなったら、俺は自分を許せない」
ククイはサナの背中に腕を回し、ゆっくりと上半身を抱き起こした。
サナの体は、高熱でふにゃふにゃと熱を帯び、ククイの腕の中で今にも溶けてしまいそうだった。
「……っ、……う、……うぅ……」
スプーン一杯のお粥が唇に触れる。
サナは反射的に口を噤んだ。喉の奥からせり上がってくる不快感と、食べなければならないという義務感が、彼女の中で激しく衝突する。
「……ごめんなさい、……はかせ……っ。……せっかく、作ってくれたのに……。……わたし、……」
食べられない自分への情けなさと、ククイの労力を無駄にしているという罪悪感が、サナの瞳から涙を溢れさせた。
「バカなことを言うな。……ダメなのは、君に無理を強いているこの状況だ」
ククイは一度トレイを脇に避け、サナをそのまま自分の胸に深く抱き寄せた。
彼の心臓の音が、サナの耳元で規則正しく響く。
「いいか、サナ。食べられないなら、今はいい。……まずは、この氷水を一含みして、口の中の熱を捨てよう。……それから、俺が君の胃が驚かないような『魔法』をかけてやる。……お粥じゃなくて、冷たい果実を少しずつ、時間をかけて溶かしていこう」
ククイは彼女を急かすのをやめ、氷を砕く音を立てながら、ゆっくりと、本当に一滴ずつ、栄養を彼女の体へ染み込ませる作業に切り替えた。
『強制的な食事摂取を中止。
嘔気による心理的障壁を排除するため、経口補水液および半固形栄養材への切り替えを検討。
「食べられない」という事実に付随する罪悪感が、さらなる食欲不振を招く悪循環を確認。
投薬のタイミングを微調整し、まずは不快感の除去を最優先とする。』
窓の外では、アローラの強い光が研究所を照らしていた。
サナは博士の腕の中で、一滴の水の冷たさに救いを見出しながら、遠のきそうな意識を必死に繋ぎ止めていた。
状態: 40.0度前後の高熱。激しい嘔気(おうき)。
状況: 空腹時の投薬による胃粘膜へのダメージを懸念。
分析: 食欲不振というよりは、生体防御反応による摂取拒絶。
「……サナ。一口だけでいい。ゼリーでも、このお粥の澄んだ部分だけでも、胃に入れておこう」
ククイの声はどこまでも穏やかだが、その瞳には、薬を飲ませなければ熱が下がらないという、医師としての冷徹な焦燥が隠されていた。
サナはシャツの襟元を掴んだまま、力なく首を振った。
「……むり、です……っ。……においだけで、……もどしそう……。……はかせ、……おねがい、……ごはんなしで、お薬……ちょうだい……」
「だめだ。その薬は強い。空っぽの胃に放り込んだら、今度は胃痛で君を苦しめることになる。……そうなったら、俺は自分を許せない」
ククイはサナの背中に腕を回し、ゆっくりと上半身を抱き起こした。
サナの体は、高熱でふにゃふにゃと熱を帯び、ククイの腕の中で今にも溶けてしまいそうだった。
「……っ、……う、……うぅ……」
スプーン一杯のお粥が唇に触れる。
サナは反射的に口を噤んだ。喉の奥からせり上がってくる不快感と、食べなければならないという義務感が、彼女の中で激しく衝突する。
「……ごめんなさい、……はかせ……っ。……せっかく、作ってくれたのに……。……わたし、……」
食べられない自分への情けなさと、ククイの労力を無駄にしているという罪悪感が、サナの瞳から涙を溢れさせた。
「バカなことを言うな。……ダメなのは、君に無理を強いているこの状況だ」
ククイは一度トレイを脇に避け、サナをそのまま自分の胸に深く抱き寄せた。
彼の心臓の音が、サナの耳元で規則正しく響く。
「いいか、サナ。食べられないなら、今はいい。……まずは、この氷水を一含みして、口の中の熱を捨てよう。……それから、俺が君の胃が驚かないような『魔法』をかけてやる。……お粥じゃなくて、冷たい果実を少しずつ、時間をかけて溶かしていこう」
ククイは彼女を急かすのをやめ、氷を砕く音を立てながら、ゆっくりと、本当に一滴ずつ、栄養を彼女の体へ染み込ませる作業に切り替えた。
『強制的な食事摂取を中止。
嘔気による心理的障壁を排除するため、経口補水液および半固形栄養材への切り替えを検討。
「食べられない」という事実に付随する罪悪感が、さらなる食欲不振を招く悪循環を確認。
投薬のタイミングを微調整し、まずは不快感の除去を最優先とする。』
窓の外では、アローラの強い光が研究所を照らしていた。
サナは博士の腕の中で、一滴の水の冷たさに救いを見出しながら、遠のきそうな意識を必死に繋ぎ止めていた。