世界一優しい私の主治医
「……博士、ごめんなさい。なんだか目が冴えちゃって、全然眠れなくて」
真夜中の2時。ベッドの中で申し訳なさそうに呟くサナに、ククイはあごに手を当てて考え込んだ。体調を整えるためには睡眠が一番だが、無理に目を閉じさせても焦りが募るだけだ。
そこでククイは、とっておきの作戦を思いついた。
「よし、それなら俺が本を読み聞かせてやる。退屈な文章を聞いていれば、すぐに眠くなるはずだぜ」
そう言ってククイが棚から引っ張り出してきたのは、彼が学生時代に読んだという、文字ばかりがギッシリ詰まった『アローラ古代生態系とエネルギー流動の相関性』という分厚い専門書だった。どんな研究者でも10ページ読めば瞼が重くなるような、極上の難解本だ。
ククイはベッドの脇に腰掛け、低く穏やかな声で朗読を始めた。
「……古代アローラにおける『光の奔流』は、四大島の地脈と深く結びついており、これらがポケモンのオーラに与える影響については……」
(よし、これで数分もすればスー、スーと寝息が聞こえてくるはずだ)
ところが、読み始めてわずか五分後。
「ねぇ博士、その『地脈の光』って、カプたちが持ってる力と同じなの?」
布団からひょっこり顔を出したサナの瞳は、眠気どころか、好奇心でキラキラと輝いていた。
「あ、いや……それはだな、カプの力とは起源が少し違っていて――」
「じゃあ、ウツロイドが持ってくる空間の歪みとはどう関係してるの? 論文の次のページに書いてある?」
畳みかけるようなサナの質問に、研究者としてのククイの血が思わず騒いでしまった。
「いい質問だぜ、サナ! 実はな、アローラに伝わる『光』ってのはだな――」
最初はベッドの傍らで語っていたククイだったが、サナの熱心な頷きに調子づき、気づけばリビングから持ち出した小型のホワイトボードに図を描き始めていた。サナも「へぇー!」「そうなんだ!」と膝を乗り出して耳を傾け、次から次へと質問を挟んでくる。
「……でな、これがカプ・コケコの雷と共鳴すると――って、あれ?」
ククイが熱弁を振るっていると、窓の外が淡い藍色から、綺麗なオレンジ色へと染まり始めていた。ツツケラたちの鳴き声が聞こえてくる。
時計の針は、すでに午前5時半を回っていた。
「……しまっ……!」
ククイはホワイトボードのマーカーを握ったまま、ガチガチに固まった。
睡眠導入剤にするはずだった難解な本は、サナにとって最高の好奇心の扉を開けてしまい、ククイ自身もノリノリで朝までフルコースの講義をぶちかましてしまったのだ。
「ふふ、すっごく面白かった! 博士の授業、こんなにずっと聞けるだなんて!」
サナは満足そうに微笑んでいるものの、その目の下にはうっすらとクマが浮かび、徹夜の疲れがじわじわと押し寄せてきているのが見て取れた。
「……サナ、本当にすまん!」
ククイは頭を抱え、大失態にガックリと肩を落とした。
「眠らせるつもりが、俺が熱くなりすぎて朝まで喋らせちまった……! 体調を優先しなきゃいけない担任として、大失敗だ……」
「ううん、博士のせいじゃないよ。私がたくさん質問しちゃったから……」
「いや、俺のブレーキが壊れてたのが悪い! ほら、もう何も考えなくていいから、毛布を被って目をつむるんだ」
ククイは慌ててホワイトボードを片付け、サナの頭の上まで毛布を優しく掛け直した。
「朝ごはんは後だ。今日は昼過ぎまで……いや、サナが満足するまでぐっすり眠れな。俺は横でずっと、絶対に喋らずに見張りをしててやるから」
「ふふ、喋らないククイ博士なんて、ちょっと変なの」
ククイの猛反省ぶりに、サナはクスクスと嬉しそうに笑いながら、今度こそ心地よい疲労感と共に重い瞼を閉じた。
朝日が優しく差し込む部屋で、ククイは己の浅はかさを深く反省しながら、すやすやと寝息を立て始めたサナの頭を、小さな音も立てないよう静かに、静かに撫で続けた。
真夜中の2時。ベッドの中で申し訳なさそうに呟くサナに、ククイはあごに手を当てて考え込んだ。体調を整えるためには睡眠が一番だが、無理に目を閉じさせても焦りが募るだけだ。
そこでククイは、とっておきの作戦を思いついた。
「よし、それなら俺が本を読み聞かせてやる。退屈な文章を聞いていれば、すぐに眠くなるはずだぜ」
そう言ってククイが棚から引っ張り出してきたのは、彼が学生時代に読んだという、文字ばかりがギッシリ詰まった『アローラ古代生態系とエネルギー流動の相関性』という分厚い専門書だった。どんな研究者でも10ページ読めば瞼が重くなるような、極上の難解本だ。
ククイはベッドの脇に腰掛け、低く穏やかな声で朗読を始めた。
「……古代アローラにおける『光の奔流』は、四大島の地脈と深く結びついており、これらがポケモンのオーラに与える影響については……」
(よし、これで数分もすればスー、スーと寝息が聞こえてくるはずだ)
ところが、読み始めてわずか五分後。
「ねぇ博士、その『地脈の光』って、カプたちが持ってる力と同じなの?」
布団からひょっこり顔を出したサナの瞳は、眠気どころか、好奇心でキラキラと輝いていた。
「あ、いや……それはだな、カプの力とは起源が少し違っていて――」
「じゃあ、ウツロイドが持ってくる空間の歪みとはどう関係してるの? 論文の次のページに書いてある?」
畳みかけるようなサナの質問に、研究者としてのククイの血が思わず騒いでしまった。
「いい質問だぜ、サナ! 実はな、アローラに伝わる『光』ってのはだな――」
最初はベッドの傍らで語っていたククイだったが、サナの熱心な頷きに調子づき、気づけばリビングから持ち出した小型のホワイトボードに図を描き始めていた。サナも「へぇー!」「そうなんだ!」と膝を乗り出して耳を傾け、次から次へと質問を挟んでくる。
「……でな、これがカプ・コケコの雷と共鳴すると――って、あれ?」
ククイが熱弁を振るっていると、窓の外が淡い藍色から、綺麗なオレンジ色へと染まり始めていた。ツツケラたちの鳴き声が聞こえてくる。
時計の針は、すでに午前5時半を回っていた。
「……しまっ……!」
ククイはホワイトボードのマーカーを握ったまま、ガチガチに固まった。
睡眠導入剤にするはずだった難解な本は、サナにとって最高の好奇心の扉を開けてしまい、ククイ自身もノリノリで朝までフルコースの講義をぶちかましてしまったのだ。
「ふふ、すっごく面白かった! 博士の授業、こんなにずっと聞けるだなんて!」
サナは満足そうに微笑んでいるものの、その目の下にはうっすらとクマが浮かび、徹夜の疲れがじわじわと押し寄せてきているのが見て取れた。
「……サナ、本当にすまん!」
ククイは頭を抱え、大失態にガックリと肩を落とした。
「眠らせるつもりが、俺が熱くなりすぎて朝まで喋らせちまった……! 体調を優先しなきゃいけない担任として、大失敗だ……」
「ううん、博士のせいじゃないよ。私がたくさん質問しちゃったから……」
「いや、俺のブレーキが壊れてたのが悪い! ほら、もう何も考えなくていいから、毛布を被って目をつむるんだ」
ククイは慌ててホワイトボードを片付け、サナの頭の上まで毛布を優しく掛け直した。
「朝ごはんは後だ。今日は昼過ぎまで……いや、サナが満足するまでぐっすり眠れな。俺は横でずっと、絶対に喋らずに見張りをしててやるから」
「ふふ、喋らないククイ博士なんて、ちょっと変なの」
ククイの猛反省ぶりに、サナはクスクスと嬉しそうに笑いながら、今度こそ心地よい疲労感と共に重い瞼を閉じた。
朝日が優しく差し込む部屋で、ククイは己の浅はかさを深く反省しながら、すやすやと寝息を立て始めたサナの頭を、小さな音も立てないよう静かに、静かに撫で続けた。
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