世界一優しい私の主治医
テレビの画面には、色鮮やかなケーキや新鮮なフルーツ、焼きたてのパンがずらりと並ぶ、賑やかなバイキング会場が映し出されていた。
ロフトのソファに浅く腰掛け、膝掛けにくるまっていたサナは、ぼんやりと画面を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「食べ放題……いつか、やってみたいなあ」
その声は、どこまでも儚く、夢物語を語る子供のように無邪気だった。
「お皿に好きなものを好きなだけ乗せてさ……どれから食べようかなって悩んだりして。ケーキを全種類一口ずつ食べたり、フルーツを山盛りにしたり……。私、そういうの、一度もやったことないから」
そう言ってふふっと笑ったサナだったが、すぐに自分の言葉の重さに気づいたのか、寂しそうに視線を落とした。
「……ううん、冗談。今の私じゃ、ケーキ一口だって怪しいもんね。お腹壊しちゃうし、吐いちゃったら困るし……。ただの憧れだよ」
一口のスープすら喉を通らず、水さえ飲むのが怖いと泣いた彼女が口にした「食べ放題」という言葉。
隣で書類に目を通していたククイの胸に、ツンと鋭い痛みが走った。普通の女の子なら誰でも体験するようなささやかな楽しみすら、今の彼女にとっては遥か遠くの夢なのだ。
だが、ククイは顔を上げると、いつものように力強く笑ってみせた。
「冗談なんかにさせるかよ。よし、サナ、今日から『食べ放題』の特訓開始だぜ!」
「え……? 特訓……?」
驚くサナをよそに、ククイはキッチンへ向かうと、小さなトレーにいくつもの小鉢を乗せて戻ってきた。
テーブルの上に並べられたのは、手のひらにすっぽり収まるような、ごく小さなガラスの器たち。
一つには、すりおろしたリンゴのジュレ。
もう一つには、口の中でサッと溶けるアセロラの削り氷。
さらには、ほんのり甘いミルクの泡や、出汁を極限まで薄くして冷やした黄金色のスープ。
どれも一口どころか、スプーンの先にちょこんと乗る程度の量しかなかった。
「ククイ博士の特製・研究所限定『ひとくちバイキング』だ!」
ククイは胸を張って、サナの前にスプーンを並べた。
「本物のバイキングは、好きなものを自分のペースで選ぶのがルールだ。サナ、どれから食べる? 全部食べなくてもいい、一口舐めるだけでもいい。嫌なら残して次のやつに行っても誰も怒らない。どうだ、最高の食べ放題だろ?」
サナは目を丸くし、それから目の前に並ぶ色とりどりの小さな器たちを見つめた。
どれも、彼女の弱った胃腸を驚かせないよう、ククイが細心の注意を払って作ったものばかりだった。
「……ふふ、なにこれ。ちっちゃい……でも、すごくかわいい」
「だろ? さあ、お客様、どれから召し上がりますか?」
ククイが恭しく一礼してみせると、サナはクスクスと笑い、小さなスプーンを手にとった。
「じゃあ……この、赤いアセロラの氷から。……あ、やっぱり、リンゴのジュレにしようかな。迷っちゃうな……」
どれを食べようかと真剣に悩むサナの顔に、久しぶりに年相応の輝きが戻っていた。
サナは慎重にスプーンの先でジュレをすくい、そっと口に運ぶ。ひんやりとした甘みが広がり、吐き気を感じることもなく、スーッと喉の奥へ消えていった。
「……おいしい。博士、私、ちゃんと選べたよ」
「よし、一皿目完食だな! 大成功だぜ!」
ククイは自分のことのように大喜びし、サナの頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「今はこれで予行練習だ。サナがもっと元気になったら、次は本物のスイーツバイキングに行くぞ。それまでに俺が、アローラで一番美味しくて、一番種類の多い店を探しておくからな」
「うん……! 約束だよ、博士」
サナは小さく頷き、二皿目の削り氷へスプーンを伸ばした。
いつか必ず来る未来。
アローラの強い太陽の下で、お腹いっぱい大好きなものを食べて笑うサナの姿を、ククイは確かに思い描いていた。そしてその夢を叶える日まで、何度でも彼女の傍らで「ひとくちバイキング」を開き続けるのだと、心の中で静かに誓っていた。
ロフトのソファに浅く腰掛け、膝掛けにくるまっていたサナは、ぼんやりと画面を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「食べ放題……いつか、やってみたいなあ」
その声は、どこまでも儚く、夢物語を語る子供のように無邪気だった。
「お皿に好きなものを好きなだけ乗せてさ……どれから食べようかなって悩んだりして。ケーキを全種類一口ずつ食べたり、フルーツを山盛りにしたり……。私、そういうの、一度もやったことないから」
そう言ってふふっと笑ったサナだったが、すぐに自分の言葉の重さに気づいたのか、寂しそうに視線を落とした。
「……ううん、冗談。今の私じゃ、ケーキ一口だって怪しいもんね。お腹壊しちゃうし、吐いちゃったら困るし……。ただの憧れだよ」
一口のスープすら喉を通らず、水さえ飲むのが怖いと泣いた彼女が口にした「食べ放題」という言葉。
隣で書類に目を通していたククイの胸に、ツンと鋭い痛みが走った。普通の女の子なら誰でも体験するようなささやかな楽しみすら、今の彼女にとっては遥か遠くの夢なのだ。
だが、ククイは顔を上げると、いつものように力強く笑ってみせた。
「冗談なんかにさせるかよ。よし、サナ、今日から『食べ放題』の特訓開始だぜ!」
「え……? 特訓……?」
驚くサナをよそに、ククイはキッチンへ向かうと、小さなトレーにいくつもの小鉢を乗せて戻ってきた。
テーブルの上に並べられたのは、手のひらにすっぽり収まるような、ごく小さなガラスの器たち。
一つには、すりおろしたリンゴのジュレ。
もう一つには、口の中でサッと溶けるアセロラの削り氷。
さらには、ほんのり甘いミルクの泡や、出汁を極限まで薄くして冷やした黄金色のスープ。
どれも一口どころか、スプーンの先にちょこんと乗る程度の量しかなかった。
「ククイ博士の特製・研究所限定『ひとくちバイキング』だ!」
ククイは胸を張って、サナの前にスプーンを並べた。
「本物のバイキングは、好きなものを自分のペースで選ぶのがルールだ。サナ、どれから食べる? 全部食べなくてもいい、一口舐めるだけでもいい。嫌なら残して次のやつに行っても誰も怒らない。どうだ、最高の食べ放題だろ?」
サナは目を丸くし、それから目の前に並ぶ色とりどりの小さな器たちを見つめた。
どれも、彼女の弱った胃腸を驚かせないよう、ククイが細心の注意を払って作ったものばかりだった。
「……ふふ、なにこれ。ちっちゃい……でも、すごくかわいい」
「だろ? さあ、お客様、どれから召し上がりますか?」
ククイが恭しく一礼してみせると、サナはクスクスと笑い、小さなスプーンを手にとった。
「じゃあ……この、赤いアセロラの氷から。……あ、やっぱり、リンゴのジュレにしようかな。迷っちゃうな……」
どれを食べようかと真剣に悩むサナの顔に、久しぶりに年相応の輝きが戻っていた。
サナは慎重にスプーンの先でジュレをすくい、そっと口に運ぶ。ひんやりとした甘みが広がり、吐き気を感じることもなく、スーッと喉の奥へ消えていった。
「……おいしい。博士、私、ちゃんと選べたよ」
「よし、一皿目完食だな! 大成功だぜ!」
ククイは自分のことのように大喜びし、サナの頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「今はこれで予行練習だ。サナがもっと元気になったら、次は本物のスイーツバイキングに行くぞ。それまでに俺が、アローラで一番美味しくて、一番種類の多い店を探しておくからな」
「うん……! 約束だよ、博士」
サナは小さく頷き、二皿目の削り氷へスプーンを伸ばした。
いつか必ず来る未来。
アローラの強い太陽の下で、お腹いっぱい大好きなものを食べて笑うサナの姿を、ククイは確かに思い描いていた。そしてその夢を叶える日まで、何度でも彼女の傍らで「ひとくちバイキング」を開き続けるのだと、心の中で静かに誓っていた。