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世界一優しい私の主治医

研究所の窓から差し込む月光が、ベッドに横たわるサナの薄い胸を静かに照らしていた。

サナは聡明だった。
幼い頃から自分の身体と向き合い続けた彼女は、言葉の端々、血液検査の数値を見るククイの微かな眉の動き、そして何より自分自身の内側で静かに灯火が消えかけていく感覚から、残酷な真実を誰よりも正確に悟っていた。

自分は、確実にククイよりも先に死ぬ。
どんなに素晴らしい医学があろうと、ククイがどれほど不眠不休で手を尽くしてくれようと、生命の限界という決定的な終わりは、そう遠くない未来に必ずやってくる。

その事実に、もうサナは取り乱したりはしなかった。
けれど、一つだけ――胸が張り裂けそうなほどの申し訳なさが、彼女の心を苛んでいた。

「……博士」

静寂を破る、掠れた小さな声。
デスクで文献をめくっていたククイは、すぐにペンを置き、足音を消してベッドの脇へ歩み寄った。

「どうした、サナ。息が苦しいのか? どこか痛むか?」

いつものように、自分のすべてを包み込んでくれる温かな手。サナはその大きな指先を、弱々しく、けれど精一杯の力で握り返した。

「ううん、痛くないよ。……ただね、ずっと言わなきゃいけないって、思ってたの」

「ん? 何のことだ?」

ククイはサングラス越しに、サナの瞳を優しく覗き込んだ。
サナは薄く唇を開き、か細い、けれど澄み切った声で、ずっと胸の奥に秘めていた想いを言葉にした。

「……ごめんなさい、博士」

「……どうして謝るんだ?」

「私ね、わかってるの。……私、絶対に博士より先に死んじゃう。博士を残して、一人でどこかに行っちゃうの」

ククイの呼吸が、一瞬だけ止まった。
サナは泣いていなかった。ただ、申し訳なさそうに、酷く愛おしそうな目でククイを見つめていた。その瞳があまりにも透き通っていて、彼女がどれほど深く、客観的に自分の命の終わりを理解しているかが痛いほど伝わってきた。

「博士は……私がいなくなった後、すごく悲しむでしょう? 私の荷物を片付けたり、誰もいないこの部屋を見たりして……一人で寂しい思いをするでしょう? 私のせいで、博士の心に大きな傷を残しちゃう」

サナの指先が、微かに震える。

「自分がいなくなった後に、大好きな人を苦しませるってわかってるのに……止められないの。博士に悲しい思いをさせること……置き去りにしちゃうこと……本当に、ごめんなさい……っ」

聡明だからこそ辿り着いてしまった、死への恐怖を超えた「遺される者への贖罪」。
自分の終わりよりも、自分が去った後のククイの孤独を案じて頭を下げる彼女の姿に、ククイの胸は焼きちぎられるような痛みに包まれた。

ククイは奥歯を強く噛み締め、溢れそうになる感情をどうにか抑え込むと、ゆっくりと腰を落とした。そして、サナの小さな手をごつごつとした両手でしっかりと包み込んだ。

「……サナ」

呼びかける声は、低く、どこまでも温かい。

「君は本当に、頭が良い子だな。……でもな、大人を舐めちゃいけないぜ」

「博士……?」

「遺される奴が悲しむのは当たり前だ。でもな、それは『傷』なんかじゃない。君と一緒に過ごして、君を愛して、君からたくさんの宝物をもらった証拠なんだよ」

ククイはサナの手に額を押し当て、愛おしむように言った。

「もし君がいなくなって、俺が一人で泣く夜が来たとしてもな……それは俺にとって、愛おしい時間なんだ。サナがここにいた証を、俺が死ぬまで胸の中で抱きしめられるんだからな。だから……去っていく君が、申し訳なさそうな顔をする必要なんて、どこにもないんだぜ」

「でも……私、何も残してあげられない……」

「残してくれてるさ。この温もりも、笑い声も、二人で見た花火も……全部俺の中に残ってる。俺はそれを持っていきていく。……だから、お願いだから『ごめんなさい』なんて言わないでくれ」

ククイは顔を上げると、サナの目を見つめて、太陽のような力強い微笑みを浮かべた。

「君が俺にしていいのは、感謝とわがままだけだ。……わかったか?」

自分の聡明さが導き出した暗い答えを、この人はいつだって大きな愛で、まばゆい光に変えてしまう。

「……うん。……ありがとう、博士」

「ああ。……よく出来ました」

ククイは彼女の額にそっと唇を寄せ、髪を優しく撫で続けた。
夜の深まりとともに、サナは安らかな寝息を立て始めた。ククイはその手を握りしめたまま、彼女が旅立つその瞬間まで、そしてその先もずっと、彼女がくれたすべての愛を抱えて生きていく覚悟を、静かに胸に刻んでいた。
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