世界一優しい私の主治医
ベッドの上のサイドテーブルに置かれたのは、湯気を立てる素朴な白粥と、出汁の香りがするスープ。体調が優れない今のサナにとって、それが一番身体に優しい食事なのだと、頭では痛いほど分かっていた。
けれど、匙を握るサナの指先はピタリと止まったまま、動かない。
「……やだ」
ポツリと漏れた小さな声。
「サナ? どうした、味が薄かったか?」
様子を見にやってきたククイが、不思議そうに覗き込む。
その温かな眼差しを見た瞬間、サナの胸の奥で、ずっと抑え込んでいた何かが弾けてしまった。
「やだ……お粥、もう嫌……っ! パスタが食べたい……! トマトとチーズが乗った、あたたかいパスタが食べたいの……っ!」
ぽろぽろと、涙が溢れ出してきた。
昨日、二人で観ていたテレビのグルメ番組。画面に映し出された湯気立つパスタを見て、サナは「美味しそうだね」と呟いた。そのときから、ずっと頭から離れなかったのだ。
病気になってから、食べるものも、行く場所も、やることも、全部身体に合わせて制限されてばかり。本当は、普通の女の子みたいに好きなものを食べたい。
そんな我儘が通用しないことくらい、自分が一番分かっている。無理をして食べれば、また昨日のように胃が受け付けず、ククイに迷惑をかけるかもしれないことも。
「分かってる……っ、お粥食べなきゃダメなことくらい、分かってるよ……! ごめんなさい、私……急にこんな我儘言って……っ」
自分の幼さと身勝手さに嫌気がさして、サナは顔を両手で覆い、しゃくりあげるように泣いた。
ククイは怒ることも、呆れることもなかった。
ただ静かにベッドの脇に腰掛けると、泣じゃくるサナの頭を、大きな掌でゆっくりと撫でた。
「そうか。パスタが食べたかったんだな」
「……う、うん……っ」
「いいんだぜ、我儘言ったって。ずっと我慢ばかりさせてたのは俺の方だ。気づいてやれなくてごめんな」
ククイは優しく微笑むと、サナの手元からお粥の器をそっと下げた。
「ちょっと待ってろ。スクールの担任であり、シェフでもある俺に任せな」
「え……? でも、博士……」
「いいから、鼻をかんで待ってるんだぞ」
15分ほど経った頃、キッチンから香ばしいトマトと出汁の香りが漂ってきた。
戻ってきたククイの手には、小さなスープボウルが握られている。
「はいよ、サナ特製の『なんちゃってパスタ』だ」
中にあったのは、ククイが細かく刻んで柔らかく柔らかく煮込んだスープパスタだった。消化に良いようにくたくたに煮込まれた麺に、胃に優しいトマト風味のスープ。上にはほんの少しだけ、香りの良い粉チーズが振られている。
「これ……」
「本物のカプリチョーザとはいかないが、これならサナの胃袋も喧嘩しないはずだ。熱いから気をつけてな」
ククイから受け取ったスプーンで、おそるおそる一口食べる。
口の中に広がったのは、優しいトマトの甘みと、ククイが心を込めて作ってくれた温かな出汁の味だった。ずっと食べたかった「パスタ」の味がした。
「……おいしい。すっごく、おいしい……っ」
再び涙がぽろぽろとこぼれ落ち、スープの中に落ちそうになるのを、ククイが指先でそっと拭い去った。
「だろ? だから泣くな。また元気になったらさ、今度は街の一番美味しいイタリアンに、二人で本物のパスタを食べに行こうな」
「……うん! 絶対、絶対行こうね……っ」
サナは涙を拭い、何度も頷きながら、ククイが作ってくれた特別なパスタを大切に口へと運んだ。アローラの優しい夕空の下、二人の間に交わされた新しい約束が、サナの胸をほんのりと温めていた。
けれど、匙を握るサナの指先はピタリと止まったまま、動かない。
「……やだ」
ポツリと漏れた小さな声。
「サナ? どうした、味が薄かったか?」
様子を見にやってきたククイが、不思議そうに覗き込む。
その温かな眼差しを見た瞬間、サナの胸の奥で、ずっと抑え込んでいた何かが弾けてしまった。
「やだ……お粥、もう嫌……っ! パスタが食べたい……! トマトとチーズが乗った、あたたかいパスタが食べたいの……っ!」
ぽろぽろと、涙が溢れ出してきた。
昨日、二人で観ていたテレビのグルメ番組。画面に映し出された湯気立つパスタを見て、サナは「美味しそうだね」と呟いた。そのときから、ずっと頭から離れなかったのだ。
病気になってから、食べるものも、行く場所も、やることも、全部身体に合わせて制限されてばかり。本当は、普通の女の子みたいに好きなものを食べたい。
そんな我儘が通用しないことくらい、自分が一番分かっている。無理をして食べれば、また昨日のように胃が受け付けず、ククイに迷惑をかけるかもしれないことも。
「分かってる……っ、お粥食べなきゃダメなことくらい、分かってるよ……! ごめんなさい、私……急にこんな我儘言って……っ」
自分の幼さと身勝手さに嫌気がさして、サナは顔を両手で覆い、しゃくりあげるように泣いた。
ククイは怒ることも、呆れることもなかった。
ただ静かにベッドの脇に腰掛けると、泣じゃくるサナの頭を、大きな掌でゆっくりと撫でた。
「そうか。パスタが食べたかったんだな」
「……う、うん……っ」
「いいんだぜ、我儘言ったって。ずっと我慢ばかりさせてたのは俺の方だ。気づいてやれなくてごめんな」
ククイは優しく微笑むと、サナの手元からお粥の器をそっと下げた。
「ちょっと待ってろ。スクールの担任であり、シェフでもある俺に任せな」
「え……? でも、博士……」
「いいから、鼻をかんで待ってるんだぞ」
15分ほど経った頃、キッチンから香ばしいトマトと出汁の香りが漂ってきた。
戻ってきたククイの手には、小さなスープボウルが握られている。
「はいよ、サナ特製の『なんちゃってパスタ』だ」
中にあったのは、ククイが細かく刻んで柔らかく柔らかく煮込んだスープパスタだった。消化に良いようにくたくたに煮込まれた麺に、胃に優しいトマト風味のスープ。上にはほんの少しだけ、香りの良い粉チーズが振られている。
「これ……」
「本物のカプリチョーザとはいかないが、これならサナの胃袋も喧嘩しないはずだ。熱いから気をつけてな」
ククイから受け取ったスプーンで、おそるおそる一口食べる。
口の中に広がったのは、優しいトマトの甘みと、ククイが心を込めて作ってくれた温かな出汁の味だった。ずっと食べたかった「パスタ」の味がした。
「……おいしい。すっごく、おいしい……っ」
再び涙がぽろぽろとこぼれ落ち、スープの中に落ちそうになるのを、ククイが指先でそっと拭い去った。
「だろ? だから泣くな。また元気になったらさ、今度は街の一番美味しいイタリアンに、二人で本物のパスタを食べに行こうな」
「……うん! 絶対、絶対行こうね……っ」
サナは涙を拭い、何度も頷きながら、ククイが作ってくれた特別なパスタを大切に口へと運んだ。アローラの優しい夕空の下、二人の間に交わされた新しい約束が、サナの胸をほんのりと温めていた。