世界一優しい私の主治医
ゆっくりと意識が浮上し、サナが重い瞼を開けた瞬間――世界が猛烈な勢いで傾き、ぐるぐると不気味に回転し始めた。
「っ……!?」
天井も、壁も、窓から差し込む光さえも、すべてが渦を巻いて激しく崩れていく。
視界が上下左右を失い、激しい吐き気と浮遊感が一気に頭の中を駆け巡った。あまりの恐怖に、サナは悲鳴を上げる余裕もなく、反射的に強く目を瞑った。
瞼を閉じても、頭の中ではまだ世界が回り続けている。どこが上かも、どこが下かも分からない。まるで暗い宇宙の渦の中に、たった一人で放り出されたような錯覚。
「はか……っ、博士……っ!!」
サナは震える声で、必死にその名を叫んだ。
「サナ! どうした!?」
ドタバタと激しい足音がロフトの階段を駆け上がり、すぐにベッドの脇で止まる。
次の瞬間、自分の腕を力強く、けれど壊れ物を扱うように優しく包み込む、大きな温もりが伝わってきた。
「サナ、聞こえるか? 俺だ、ククイだぜ。どこが辛い?」
「はか……せ……っ、世界が……ぐるぐる回って……っ、目を開けられないの……!」
サナはククイの白衣の袖を縋るように両手で固く握りしめた。
指先がガタガタと震える。瞼を少しでも開けようとすると、途端に激しい目眩が襲ってきて、意識ごと持っていかれそうになる。
「目眩か……! よし、そのまま目を閉じてろ。無理に開けなくていい」
ククイの声はどこまでも低く、力強く、激しく脈打つサナの心臓を落ち着かせるように響いた。彼の手がサナの背中に回り、ゆっくりと上体を起こして彼の胸の中に引き寄せる。
ククイの胸から伝わるトクン、トクンという規則正しい心音。
けれど、サナの胸の中に渦巻く恐怖は消えなかった。どころか、暗闇の中で恐怖は恐ろしい毒のように膨らんでいく。
(……もし、このままだったら?)
(目を開けたら、もう二度と大好きな世界が見えないのかもしれない。博士の顔も、アローラの空も、何もかも消えちゃってるかもしれない……)
「……博士……私、こわい……っ」
サナの目元から、閉じられた瞼を割ってボロボロと涙が溢れ出した。
「もう二度と……目が開けられなくなったら、どうしよう……。このまま暗闇の中に閉じ込められて……博士の顔も、見えなくなっちゃったら……っ」
死への恐怖とはまた違う、静かで圧倒的な「喪失」への恐れ。
熱や痛みに耐えてきた小さな身体が、恐怖のあまりククイの胸元で激しく震える。
ククイはサナを抱きしめる腕に、少しだけ力を込めた。
「そんなこと、絶対にさせないさ」
耳元で聞こえる彼の声には、微塵の迷いもなかった。
「いいか、サナ。今、君の耳の奥にあるバランスをとるセンサーが、熱のせいでちょっと勘違いしてパニックを起こしてるだけだ。世界が壊れたわけでも、君の目がダメになったわけでもない」
ククイの大きな手が、涙で濡れたサナの頬を包み込み、指先で優しく涙を拭い去る。
「目を開けるのが怖いなら、開けなくていい。俺がここにいる。君が目を開ける勇気が出るまで、何時間でも、何日でも、こうして抱きしめててやる」
「はか……せ……」
「目を開けた時、最初に視界に入るのは俺の顔だ。アローラの太陽も、青い海も、スクールのみんなも、何一つ消えたりしない。俺が全部、元通りにここに繋ぎ止めておいてやるからな」
その言葉は、暗闇の中で迷子になっていたサナの心に、絶対的な「錨」となって突き刺さった。
ククイはサナの身体をあやしながら、ゆっくりとベッドに横たえると、冷たいタオルで彼女の首筋と額を冷やした。自律神経の乱れと内耳の炎症からくる回転性めまい。適切な処置と安静を保てば、必ず治まるものだ。
「さあ、ゆっくり息を吐いてくれ。吸って……吐いて……」
ククイのリズムに合わせて呼吸を繰り返すうちに、頭の中の猛烈な回転が、少しずつ、少しずつ凪いでいくのが分かった。
「……少し、静かになってきた……かも……」
「だろ? 俺の言った通りだ」
頭上で、ククイが心底ホッとしたように小さく笑う気配がした。
「まだ目は開けなくていい。このまま少し眠りな。目が覚めた時には、世界はちゃんと元の場所で君を待ってるぜ」
「……うん」
サナはククイの指を自分の小さな手でしっかりと握りしめた。
瞼の裏はまだ暗闇だったけれど、もう何も怖くなかった。繋いだ手から伝わってくる確かな熱量が、彼女を明日へと繋ぎ止めてくれていたから。
「っ……!?」
天井も、壁も、窓から差し込む光さえも、すべてが渦を巻いて激しく崩れていく。
視界が上下左右を失い、激しい吐き気と浮遊感が一気に頭の中を駆け巡った。あまりの恐怖に、サナは悲鳴を上げる余裕もなく、反射的に強く目を瞑った。
瞼を閉じても、頭の中ではまだ世界が回り続けている。どこが上かも、どこが下かも分からない。まるで暗い宇宙の渦の中に、たった一人で放り出されたような錯覚。
「はか……っ、博士……っ!!」
サナは震える声で、必死にその名を叫んだ。
「サナ! どうした!?」
ドタバタと激しい足音がロフトの階段を駆け上がり、すぐにベッドの脇で止まる。
次の瞬間、自分の腕を力強く、けれど壊れ物を扱うように優しく包み込む、大きな温もりが伝わってきた。
「サナ、聞こえるか? 俺だ、ククイだぜ。どこが辛い?」
「はか……せ……っ、世界が……ぐるぐる回って……っ、目を開けられないの……!」
サナはククイの白衣の袖を縋るように両手で固く握りしめた。
指先がガタガタと震える。瞼を少しでも開けようとすると、途端に激しい目眩が襲ってきて、意識ごと持っていかれそうになる。
「目眩か……! よし、そのまま目を閉じてろ。無理に開けなくていい」
ククイの声はどこまでも低く、力強く、激しく脈打つサナの心臓を落ち着かせるように響いた。彼の手がサナの背中に回り、ゆっくりと上体を起こして彼の胸の中に引き寄せる。
ククイの胸から伝わるトクン、トクンという規則正しい心音。
けれど、サナの胸の中に渦巻く恐怖は消えなかった。どころか、暗闇の中で恐怖は恐ろしい毒のように膨らんでいく。
(……もし、このままだったら?)
(目を開けたら、もう二度と大好きな世界が見えないのかもしれない。博士の顔も、アローラの空も、何もかも消えちゃってるかもしれない……)
「……博士……私、こわい……っ」
サナの目元から、閉じられた瞼を割ってボロボロと涙が溢れ出した。
「もう二度と……目が開けられなくなったら、どうしよう……。このまま暗闇の中に閉じ込められて……博士の顔も、見えなくなっちゃったら……っ」
死への恐怖とはまた違う、静かで圧倒的な「喪失」への恐れ。
熱や痛みに耐えてきた小さな身体が、恐怖のあまりククイの胸元で激しく震える。
ククイはサナを抱きしめる腕に、少しだけ力を込めた。
「そんなこと、絶対にさせないさ」
耳元で聞こえる彼の声には、微塵の迷いもなかった。
「いいか、サナ。今、君の耳の奥にあるバランスをとるセンサーが、熱のせいでちょっと勘違いしてパニックを起こしてるだけだ。世界が壊れたわけでも、君の目がダメになったわけでもない」
ククイの大きな手が、涙で濡れたサナの頬を包み込み、指先で優しく涙を拭い去る。
「目を開けるのが怖いなら、開けなくていい。俺がここにいる。君が目を開ける勇気が出るまで、何時間でも、何日でも、こうして抱きしめててやる」
「はか……せ……」
「目を開けた時、最初に視界に入るのは俺の顔だ。アローラの太陽も、青い海も、スクールのみんなも、何一つ消えたりしない。俺が全部、元通りにここに繋ぎ止めておいてやるからな」
その言葉は、暗闇の中で迷子になっていたサナの心に、絶対的な「錨」となって突き刺さった。
ククイはサナの身体をあやしながら、ゆっくりとベッドに横たえると、冷たいタオルで彼女の首筋と額を冷やした。自律神経の乱れと内耳の炎症からくる回転性めまい。適切な処置と安静を保てば、必ず治まるものだ。
「さあ、ゆっくり息を吐いてくれ。吸って……吐いて……」
ククイのリズムに合わせて呼吸を繰り返すうちに、頭の中の猛烈な回転が、少しずつ、少しずつ凪いでいくのが分かった。
「……少し、静かになってきた……かも……」
「だろ? 俺の言った通りだ」
頭上で、ククイが心底ホッとしたように小さく笑う気配がした。
「まだ目は開けなくていい。このまま少し眠りな。目が覚めた時には、世界はちゃんと元の場所で君を待ってるぜ」
「……うん」
サナはククイの指を自分の小さな手でしっかりと握りしめた。
瞼の裏はまだ暗闇だったけれど、もう何も怖くなかった。繋いだ手から伝わってくる確かな熱量が、彼女を明日へと繋ぎ止めてくれていたから。