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世界一優しい私の主治医

「サナ、朝の検温の時間だぞ」

いつものように体温計を手にしたククイがロフトへ上がっていくと、ベッドの上の毛布がもぞもぞと蠢き、すっぽりとサナの頭まで被せられた。

「……いま、ねてるから……あとでいい……」

毛布の隙間から聞こえてくる声は、掠れていて明らかに重い。
ククイは苦笑しつつベッドの脇に腰掛けた。

「寝てるやつはそんなにハッキリ喋らないぜ? ほら、脇に挟むだけだからさっと済ませよう」

「やだ……。ほんとに大丈夫だもん……」

サナは毛布をギュッと握りしめ、頑なに拒否の姿勢を崩さない。
熱があると分かれば、またククイに心配をかけてしまう。それに、楽しみにしていた今日の予定も全部取りやめになってしまう――そんなサナの思考が、ククイには痛いほど透けて見えていた。

(この警戒心じゃ、脇に体温計を差し込もうとしても暴れて余計に体力を削るだけだな……)

少し赤らんだ頬と、毛布越しに伝わってくる熱気。察するまでもなく、高熱が出ているのは確かだった。

ククイは「やれやれ」といった様子で大袈裟に息を吐いてみせた。

「分かった、分かった。無理にとは言わないさ。じゃあ検温は後にして、温かいお茶でも淹れてくるよ」

「……ほんとう? ありがと、博士……」

ククイが諦めて立ち上がった気配を感じ、サナはホッとしたように毛布を少しだけ下ろした。無防備に露出した額には、微かに汗が浮いている。

(今だ)

ククイは背を向けたフリをしながら、白衣のポケットの奥から「ある物」を忍ばせた右手を取り出した。
手のひらにすっぽりと収まるサイズの、銃型の非接触体温計。あらかじめ電子音は消音モードに切り替えてある。

「よしよし、いい子だからゆっくり休んでな」

ククイはごく自然な動作で振り返ると、「おでこの汗を拭いてやる」という体で左手をサナの前髪へと伸ばした。

サナがそっと目を細めた一瞬の隙を見逃さず、ククイは右手に握った非接触体温計を彼女のこめかみへと向け、静かにトリガーを引いた。

わずか一秒。
デジタル液晶に、容赦のない数字が浮かび上がる。

【38.8℃】

「……よし、検温終了だ」

ククイが手にしていたものをサナに見せると、彼女は「あっ」と声を上げて目を丸くした。

「ひ、ひどい……! 博士、騙したの!?」

「騙したなんて人聞きの悪いこと言うなよ。無理やり脇に挟むより、ずっと楽だったろう?」

ククイはニッと悪戯っぽく笑ってみせたが、液晶の数字を指でトントンと叩くと、すぐにいつもの頼もしい保護者の顔に戻った。

「それにしても、38度8分か。やっぱり隠し通せる熱じゃなかったな」

「うぅ……ごめんなさい……」

サナは作戦が破れたことに肩を落とし、申し訳なさそうに縮こまった。

ククイはそんなサナの頭を大きな手で包み込むように撫でる。

「謝る必要はないさ。体調が悪くなるのはサナのせいじゃない。……さ、熱が高いと分かったなら、今度こそ大人の言うことを聞いて大人しく冷えピタを貼って、薬を飲むんだぞ」

「……はい、ククイ博士」

サナは観念したように小さく首を縦に振った。ククイの素早い大人の知恵に脱帽しながらも、結局はこうして自分をしっかり見ていてくれる彼の温もりに、サナはそっと安堵の息を漏らすのだった。
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