世界一優しい私の主治医
ロフトのサイドテーブルには、ポケモンスクールの図書室から借りてきた本が何冊も重なっていた。
「……今日、だよね。返さなきゃいけないの」
サナは布団の中から、力なくその本棚の山を見つめた。
2週間前、スクールに少しだけ顔を出せた日に、「たくさん読みたい」と意気込んで借りてきた本たち。けれど、翌日から始まった酷い体調不良で、ほとんどの時間を暗い部屋で眠って過ごすことになってしまった。
一番上に置かれた薄い本を取り上げてページを開いてみるものの、サナの手は5ページ目で止まってしまう。栞が挟まれたその先は、まだ誰も開いていない真っ白な世界のようだった。
「サナ、入るぞ。今日スクールに行くついでに、借りていた本を返してくるよ」
大きなバッグを手にしたククイが、階段を上がってきた。
サナは小さく肩をすくめ、胸元まで毛布を引き上げる。
「……博士、ごめんなさい」
消え入るような声だった。サナは伏せ目になり、申し訳なさそうに本をククイへ差し出した。
「せっかくたくさん借りてきてくれたのに……体調が悪くて、この一冊の、たった5ページしか読めなかったの。他の本は、開くことすらできなくて……。全然読めていないのに、返しに行ってもらうことになっちゃって……本当にごめんなさい」
自分自身への情けなさと、ククイへの申し訳なさで、サナの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。せっかくの2週間という時間を、病気のせいで無駄にしてしまった気がしてならなかったのだ。
しかし、ククイは咎めるような素振りを一切見せず、いつものように穏やかな笑みを浮かべて、彼女の手から本を受け取った。
「なんだ、そんなことかい? 謝る必要なんてどこにもないぜ」
ククイはサナが挟んだ栞のページをそっと撫で、彼女の頭にポンと手を置いた。
「5ページも読めたじゃないか。体調が辛い中で、サナがこの5ページ分の世界を楽しもうとしてくれた。俺はそれだけで十分素晴らしいと思うぞ」
「でも……借りたまま、ずっと置いとくだけになっちゃって……」
「本は逃げやしないさ。スクールの図書室は、いつでもサナが元気になるのを待ってる。また調子が良い日に一緒に行って、続きの6ページ目から借りてくればいいだけの話だ」
ククイは重ねられた本を抱え上げると、頼もしく胸を張ってみせた。
「それに、俺がスクールへ行く良い口実ができたぜ。『留学生のサナが読んだ5ページは最高だった』って、図書委員の生徒に自慢してくるからな」
「もう……博士ったら、そんな大袈裟なこと言わないで」
サナの唇から、小さな笑い声が漏れた。胸の奥を重く占めていた罪悪感が、彼のカラッとした温かさによって、すーっと溶かされていく。
「よし、良い笑顔だ! じゃあ、しんそくで行って来るぜ!」
「ふふ……いってらっしゃい、博士。気をつけてね」
ククイは満足そうに大きく頷くと、本を大事そうに抱えて階段を下りて行った。
残された部屋は静かだったけれど、サナの心には、いつか読むはずの「6ページ目」への小さな楽しみが、灯火のように優しく灯っていた。
「……今日、だよね。返さなきゃいけないの」
サナは布団の中から、力なくその本棚の山を見つめた。
2週間前、スクールに少しだけ顔を出せた日に、「たくさん読みたい」と意気込んで借りてきた本たち。けれど、翌日から始まった酷い体調不良で、ほとんどの時間を暗い部屋で眠って過ごすことになってしまった。
一番上に置かれた薄い本を取り上げてページを開いてみるものの、サナの手は5ページ目で止まってしまう。栞が挟まれたその先は、まだ誰も開いていない真っ白な世界のようだった。
「サナ、入るぞ。今日スクールに行くついでに、借りていた本を返してくるよ」
大きなバッグを手にしたククイが、階段を上がってきた。
サナは小さく肩をすくめ、胸元まで毛布を引き上げる。
「……博士、ごめんなさい」
消え入るような声だった。サナは伏せ目になり、申し訳なさそうに本をククイへ差し出した。
「せっかくたくさん借りてきてくれたのに……体調が悪くて、この一冊の、たった5ページしか読めなかったの。他の本は、開くことすらできなくて……。全然読めていないのに、返しに行ってもらうことになっちゃって……本当にごめんなさい」
自分自身への情けなさと、ククイへの申し訳なさで、サナの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。せっかくの2週間という時間を、病気のせいで無駄にしてしまった気がしてならなかったのだ。
しかし、ククイは咎めるような素振りを一切見せず、いつものように穏やかな笑みを浮かべて、彼女の手から本を受け取った。
「なんだ、そんなことかい? 謝る必要なんてどこにもないぜ」
ククイはサナが挟んだ栞のページをそっと撫で、彼女の頭にポンと手を置いた。
「5ページも読めたじゃないか。体調が辛い中で、サナがこの5ページ分の世界を楽しもうとしてくれた。俺はそれだけで十分素晴らしいと思うぞ」
「でも……借りたまま、ずっと置いとくだけになっちゃって……」
「本は逃げやしないさ。スクールの図書室は、いつでもサナが元気になるのを待ってる。また調子が良い日に一緒に行って、続きの6ページ目から借りてくればいいだけの話だ」
ククイは重ねられた本を抱え上げると、頼もしく胸を張ってみせた。
「それに、俺がスクールへ行く良い口実ができたぜ。『留学生のサナが読んだ5ページは最高だった』って、図書委員の生徒に自慢してくるからな」
「もう……博士ったら、そんな大袈裟なこと言わないで」
サナの唇から、小さな笑い声が漏れた。胸の奥を重く占めていた罪悪感が、彼のカラッとした温かさによって、すーっと溶かされていく。
「よし、良い笑顔だ! じゃあ、しんそくで行って来るぜ!」
「ふふ……いってらっしゃい、博士。気をつけてね」
ククイは満足そうに大きく頷くと、本を大事そうに抱えて階段を下りて行った。
残された部屋は静かだったけれど、サナの心には、いつか読むはずの「6ページ目」への小さな楽しみが、灯火のように優しく灯っていた。