世界一優しい私の主治医

飲み薬の痛み止めではコントロールが追いつかなくなり、サナの鎮痛治療は「注射」へと切り替えられることになった。

ククイの手によって、サナの細い腕に点滴の管が手際よく繋がれる。そのラインの途中に設置されたのは、小さな箱型の医療機器――PCAポンプ(患者自己調節鎮痛法)だった。

「いいか、サナ。痛みがどうしようもなく強くなったら、この手元のボタンを押すんだ」
ククイはポンプから伸びたコードの先にある小さなボタンを、サナの掌にそっと握らせた。
「あらかじめ設定された安全な量の痛み止めが、自動で体内に入るようになっている。これで、痛みをじっと我慢する時間が少しは減るはずだぜ」

「……ありがとうございます、博士」

サナは自分の掌に収まったボタンと、腕に繋がる管をじっと見つめた。
常に機械と管で繋がれることになり、さぞかし動きにくくて邪魔になるだろうと覚悟していた。しかし、ポンプ自体は思いのほかコンパクトで、ベッドの上で寝返りを打つ程度の動作なら全く気にならなそうだった。

(思ったより、邪魔じゃないな……)

少しだけホッとしたものの、管を通って自分の身体に直接薬液が流れ込んでくるという視覚的な事実は、いやが上にも現実を突きつけてくる。

(なんだか、一気に『病人感』が増しちゃったな)

自嘲気味にそう思いかけて、サナはすぐに心の中で自らの思考にツッコミを入れた。
『病人感』も何も、自分はとっくの昔から、ベッドから起き上がることもままならない立派な重病人ではないか。今さら管の1本や2本増えたところで、何を気にしているのだろう。

自分の的外れな思考がおかしくて、サナは思わず「ふふっ」と息を漏らし、小さく苦笑した。

「ん? どうした、サナ。どこか痛むか?」
サナの笑い声に、医療器具の片付けをしていたククイがすぐに振り返る。

「ううん、違うの。……ただ、これをつけてる自分を見たら、なんだかいかにも『病人です』って感じがするなぁって思って。でも、私ってもうずっと前から病人だったよねって気づいたら、なんだかおかしくなっちゃって」

自虐が混じった、乾いた苦笑い。
しかし、それを聞いたククイは一緒に笑うことはしなかった。彼は静かにベッドサイドに戻ると、ボタンを握るサナの手を、両手で包み込むように優しく握りしめた。

「サナ」
「……はい」

「これは君を『病人』にするための機械じゃない。君が少しでも心地よく、サナらしく過ごすための『お守り』だ。……それに、俺にとっては、君が点滴をつけていようが、ベッドで寝込んでいようが、君はただの大切な『サナ』だぜ」

ククイの真剣な瞳と、力強い手の温もり。
病人としての自分を揶揄したサナの小さな自傷行為を、彼は許さなかった。病気というラベルで彼女を見るのではなく、ただ一人の女の子として真っ直ぐに向き合ってくれている。

「……うん。そうだね、博士」
サナの口元から自嘲の苦笑が消え、今度は心からの柔らかな笑みが浮かんだ。
「これ、私のお守りだね」

「ああ。痛いときは我慢しないで、迷わず頼れよ。機械にも、俺にもな」

ククイは満足げにうなずき、サナの頭をいつものように優しく撫でた。
手の中にある小さなボタンは、もう病魔に屈した証などではない。彼と自分を繋ぐ安心のスイッチのように、確かな温もりを持ってサナの掌に収まっていた。
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