世界一優しい私の主治医

鉛のように重い身体。胃液さえ吐き尽くし、ただ痙攣するように続く嘔吐。
終わりの見えない苦痛の波の中で、サナはついに耐えきれず、掠れた声を漏らした。

「……はかせ……もう、つらい……つらいよぉ……っ」

言ってしまってから、すぐに後悔した。
辛いと泣き言を溢したところで、病気が消えてなくなるわけじゃない。どうしようもないのだ。ただでさえ看病で負担をかけているククイ博士を、これ以上困らせ、悲しませるだけなのに。

しかし、背中を撫でていたククイの手がピタリと止まり、彼は静かに、けれど確かな意志を持った声で告げた。

「サナ。少し、治療のやり方を変えようと思う。……ステロイド薬を使ってみないか」

「ステロイド……?」

「ああ。今のその酷い倦怠感や、どうしようもない吐き気を力技で抑え込んでくれる強い薬だ。これを使えば、だいぶ症状が軽くなって、起き上がれるくらい元気になるはずだぜ」

その言葉を聞いた瞬間、サナの心に冷たい影が落ちた。
ステロイド。それがどんな時に使われる薬なのか、長く闘病を続けてきた彼女には嫌でも分かってしまう。
それはつまり、自分の身体が「もうそこまで来ている」という残酷な証明だった。これまでの薬ではどうにもならないほど、私の命は坂道を転げ落ちているんだ。

「……私、もうそんな強いお薬を使わないといけないくらい、ダメになっちゃったんだね……」

暗く沈んだ声で呟くサナに、ククイは痛ましそうに眉をひそめたが、それでも彼女の手を力強く握った。

「ダメなんかじゃない。サナの身体を少しでも楽にして、もう一度前を向くための手助けだ。……俺を信じてくれ」

その温かさに抗う気力もなく、サナは小さく頷いた。

――それから、数時間が経過した頃。
点滴のチューブから強い薬が身体に入り切り、うとうとと浅い眠りについていたサナは、ふと目を覚ました。

(あれ……?)

いつもなら、目を開けた瞬間から鉛の鎧を着せられているような激しい倦怠感に襲われるはずだった。少し動くだけで胃がせり上がり、息をするのさえ苦しかったのに。

サナは恐る恐る、ベッドの上に身を起こしてみた。
……起き上がれる。視界が揺れない。
嘘みたいに、身体が軽い。

「……すごい……」

自分の手を見つめ、信じられないというように呟く。あんなに暗い気持ちで受け入れた薬だったのに、今の彼女の身体には、まるで病気になる前の「普通の女の子」に戻ったかのような、信じられないほどの活力が満ちていた。

「目が覚めたかい、サナ」

梯子を上がってきたククイが、目を丸くしているサナを見て、柔らかく微笑んだ。

「身体の調子はどうだ?」

「博士……これ、魔法みたい。吐き気も全然ないし、身体がすっごく軽いの……! 私、今なら外を走れちゃうかもしれない!」

興奮気味に身を乗り出すサナを見て、ククイは安堵したように息を吐き、ベッドの傍らに腰掛けた。

「ははっ、走るのはまだ我慢してくれ。それは薬が辛さをカバーしてくれているだけで、身体が完全に治ったわけじゃないからな。無理は禁物だぜ」

「うん……。でも、久しぶりに息が深く吸えるの。……生きてるって、こんなに身軽だったんだね」

ステロイドという強い薬の宣告に絶望していた自分は、もうどこかへ吹き飛んでいた。
ククイはサナの頭を大きな掌で優しく撫でる。
病状の進行という残酷な事実はあるにせよ、今はただ、この薬がもたらしてくれた「痛みや苦しさのない時間」が、サナにとって何よりの救いだった。
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