世界一優しい私の主治医

メレメレ島の海岸沿いに建つククイ博士の研究所は、サナの身体を労るために、年間を通して24時間いつでも26度の一定温度に保たれていた。
ひんやりとしすぎず、かといってアローラの湿った熱気も感じさせない、まるで優しく守られたカプセルのような快適な空間。それが、サナにとっての日常のすべてだった。

ある日の昼下がり。
ククイがラボで論文のデータ整理に没頭している間、サナはほんの少しだけ気分が良く、ベッドから起き上がることができた。

(ちょっとだけ、外の空気を吸ってみようかな)

いつもククイの後ろについて出入りするだけの玄関の扉が、今日はなぜだかとても魅力的に見えた。サナはスリッパをパタパタと鳴らし、重い木の扉に手をかけて、ゆっくりと押し開けた。

その瞬間――。

「……っ!?」

サナは息を呑み、思わずその場に立ちすくんだ。

扉一枚を隔てた向こう側から、まるで目に見える塊のような**強烈な熱風**が、容赦なく彼女の全身を包み込んできたのだ。
ジリジリと肌を焼くような太陽の直射日光。アスファルトや砂浜から立ち上る、めまいがするほどの陽炎。温度計を見るまでもない、ゆうに30度を大きく超えた「本物のアローラの夏」の質量が、津波のように押し寄せてくる。

「あつ、い……なに、これ……」

一歩踏み出すことさえ躊躇われるほどの熱気に、サナの頭の中は一瞬でパニックになった。肺に吸い込む空気までが熱く、まるでサウナの中に放り出されたかのような感覚に、心臓がトクトクと早く脈打ち始める。

外の世界は、こんなにもエネルギーに満ちあふれていて、そして、こんなにも過酷だったのか。

「おっと、危ないぜサナ!」

背後から大きな影が伸びたかと思うと、サナの身体はふわりと後ろへ引き戻され、開いていた扉がバタンと大きな音を立てて閉められた。

一瞬にして戻ってくる、いつもの涼しく穏やかな26度の空気。サナはハァハァと荒い息を吐きながら、自分の肩を支えているククイを見上げた。

「博士……外、すごく、熱い……」

「はは、びっくりしたかい? これがアローラの本当の夏だぜ」

ククイはサナをリビングのソファにそっと座らせると、冷たい麦茶の入ったグラスを差し出してくれた。グラスの表面についた水滴が、今のサナにはひどく愛おしく思える。

「君の部屋もリビングも、体温調節がうまくできないサナのために、俺が26度から絶対に動かさないように設定してあるんだ。……ちょっと油断したな。アローラの太陽は、カントーの夏よりもずっとパワフルなんだぞ」

ククイはそう言って笑いながら、サナの額にじんわりと浮かんだ汗を、白衣のポケットから出したタオルで優しく拭ってくれた。

「……博士が、ずっと守ってくれてたんだね」

冷たいグラスを両手で包み込みながら、サナは改めて研究所の心地よさと、それを維持してくれているククイの果てしない優しさに気づかされていた。

「守るさ。君がこの『26度のシェルター』を出て、あのギラギラした太陽の下でも平気で走り回れるようになるまではな。……ほら、まずはその麦茶を飲んで、しっかり涼むんだぞ」

「うん……ありがとう、博士」

窓の向こうで揺れる強烈な光を見つめながら、サナはククイが作ってくれた優しい世界の温もりを、涼しい風の中でじんわりとかみしめていた。
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