世界一優しい私の主治医
「あはは、何それ……っ、博士、おかしい……っ!」
リビングのソファで、サナは小さな身体を震わせて笑っていた。
ククイが話したスクールでの失敗談が、おそろしくツボに入ってしまったのだ。久しぶりに弾けた、鈴が転がるような明るい笑い声。ククイも「だろ?」と嬉しそうに目を細めていた。
けれど、楽しさの絶頂は、唐突に恐ろしい牙を剥いた。
「っ、……あは、は……っ、は、ぁ……?」
笑い声が、ひゅっと不自然に途切れる。
サナは胸を押さえ、大きく目を見開いた。上手く息が吸えない。肺が急激に収縮し、酸素を求めて浅く速い呼吸が勝手に繰り返され始める。
「は、っ……あ、はー、っ、は、っ……!」
「サナ!? 笑いすぎだ、落ち着け!」
ククイの表情から一瞬で余裕が消えた。
病気で体力が落ちているサナの呼吸器は、ほんの少しの刺激や感情の高ぶりでキャパシティを超えてしまう。過呼吸(過換気症候群)だ。
「は、あ、っ……は、っ、……ごめ、なさ……っ」
サナはパニックになりながら、必死に空気を吸おうとする。けれど吸えば吸うほど胸は苦しくなり、指先がピリピリと痺れ始めた。
頭のどこかで、情けなさが爆発する。楽しいお喋りをしていただけなのに。ただ笑っていただけなのに、こんなことで過呼吸になって、また博士を困らせている。
「ごめ……ん、なさ、っ……わたし、また……っ」
涙がボロボロと溢れ、過呼吸に拍車をかける。
そのとき、サナの視界をククイの大きな身体が遮った。
「サナ、謝るな! 君は悪くない。……俺の目を見るんだ」
ククイはサナの両肩をがっしりと、けれど痛まない強さで包み込んだ。サングラスを外した彼の瞳が、真っ直ぐにサナの視線を捕らえる。
「いいか、息を吸おうとしなくていい。まずは全部吐き出すんだ。俺と一緒に、ゆっくりな。……スー……、ハー……」
ククイは自分の胸を大きく膨らませ、誇張するようにゆっくりと呼吸の、特に『吐く』リズムを刻んで見せる。
「は、っ……ふ、ぅ……ー、っ」
「そう、上手だ。吸うのは一瞬でいい、長く吐くんだ。……ハー……」
サナは彼の規則正しい胸の動きに必死にしがみついた。ククイの大きな掌から伝わる確かな体温と、ブレない声の響きが、パニックを起こしていた彼女の脳を少しずつ、強引に宥めていく。
5分、あるいは10分が経った頃。
激しかったサナの胸の上下が、ようやく静かな波のように落ち着きを取り戻した。
「……はぁ、……ふぅ、……」
ぐったりとソファに崩れ落ちたサナの額を、ククイは手早く用意した濡れタオルで優しく拭う。サナは弱々しく手を伸ばし、彼の白衣の袖を掴んだ。
「……ごめんなさい、博士。……楽しかった、だけなのに……こんなことで、なっちゃうなんて……。私、本当に、めんどくさい……」
消え入りそうな声で呟くサナの頭を、ククイは大きな掌で包み込み、わざと明るい声で笑った。
「何を言うか! 俺の話が面白すぎたんだから、責任は100%俺にあるぜ。アローラのギャグは破壊力が抜群だからな」
「……博士のせいに、しないでください……」
「本当のことさ。だからサナが謝る必要なんて、これっぽっちもない」
ククイはそっとサナの身体を抱き寄せ、その背中をゆっくりとさすった。
「次からは、過呼吸になりそうなくらい面白い話をするときは、事前に予告してやる。……少しずつでいいさ。どんな君でも、俺がちゃんと全部受け止めてやるからな」
彼の腕の中で、サナは深く息を吐き出した。情けなさはまだ残っていたけれど、彼の温もりが、傷ついた心をじんわりと溶かしてくれていた。
リビングのソファで、サナは小さな身体を震わせて笑っていた。
ククイが話したスクールでの失敗談が、おそろしくツボに入ってしまったのだ。久しぶりに弾けた、鈴が転がるような明るい笑い声。ククイも「だろ?」と嬉しそうに目を細めていた。
けれど、楽しさの絶頂は、唐突に恐ろしい牙を剥いた。
「っ、……あは、は……っ、は、ぁ……?」
笑い声が、ひゅっと不自然に途切れる。
サナは胸を押さえ、大きく目を見開いた。上手く息が吸えない。肺が急激に収縮し、酸素を求めて浅く速い呼吸が勝手に繰り返され始める。
「は、っ……あ、はー、っ、は、っ……!」
「サナ!? 笑いすぎだ、落ち着け!」
ククイの表情から一瞬で余裕が消えた。
病気で体力が落ちているサナの呼吸器は、ほんの少しの刺激や感情の高ぶりでキャパシティを超えてしまう。過呼吸(過換気症候群)だ。
「は、あ、っ……は、っ、……ごめ、なさ……っ」
サナはパニックになりながら、必死に空気を吸おうとする。けれど吸えば吸うほど胸は苦しくなり、指先がピリピリと痺れ始めた。
頭のどこかで、情けなさが爆発する。楽しいお喋りをしていただけなのに。ただ笑っていただけなのに、こんなことで過呼吸になって、また博士を困らせている。
「ごめ……ん、なさ、っ……わたし、また……っ」
涙がボロボロと溢れ、過呼吸に拍車をかける。
そのとき、サナの視界をククイの大きな身体が遮った。
「サナ、謝るな! 君は悪くない。……俺の目を見るんだ」
ククイはサナの両肩をがっしりと、けれど痛まない強さで包み込んだ。サングラスを外した彼の瞳が、真っ直ぐにサナの視線を捕らえる。
「いいか、息を吸おうとしなくていい。まずは全部吐き出すんだ。俺と一緒に、ゆっくりな。……スー……、ハー……」
ククイは自分の胸を大きく膨らませ、誇張するようにゆっくりと呼吸の、特に『吐く』リズムを刻んで見せる。
「は、っ……ふ、ぅ……ー、っ」
「そう、上手だ。吸うのは一瞬でいい、長く吐くんだ。……ハー……」
サナは彼の規則正しい胸の動きに必死にしがみついた。ククイの大きな掌から伝わる確かな体温と、ブレない声の響きが、パニックを起こしていた彼女の脳を少しずつ、強引に宥めていく。
5分、あるいは10分が経った頃。
激しかったサナの胸の上下が、ようやく静かな波のように落ち着きを取り戻した。
「……はぁ、……ふぅ、……」
ぐったりとソファに崩れ落ちたサナの額を、ククイは手早く用意した濡れタオルで優しく拭う。サナは弱々しく手を伸ばし、彼の白衣の袖を掴んだ。
「……ごめんなさい、博士。……楽しかった、だけなのに……こんなことで、なっちゃうなんて……。私、本当に、めんどくさい……」
消え入りそうな声で呟くサナの頭を、ククイは大きな掌で包み込み、わざと明るい声で笑った。
「何を言うか! 俺の話が面白すぎたんだから、責任は100%俺にあるぜ。アローラのギャグは破壊力が抜群だからな」
「……博士のせいに、しないでください……」
「本当のことさ。だからサナが謝る必要なんて、これっぽっちもない」
ククイはそっとサナの身体を抱き寄せ、その背中をゆっくりとさすった。
「次からは、過呼吸になりそうなくらい面白い話をするときは、事前に予告してやる。……少しずつでいいさ。どんな君でも、俺がちゃんと全部受け止めてやるからな」
彼の腕の中で、サナは深く息を吐き出した。情けなさはまだ残っていたけれど、彼の温もりが、傷ついた心をじんわりと溶かしてくれていた。