世界一優しい私の主治医

アローラの午後は、いつも通り眩しい太陽が降り注いでいた。
窓の外ではナッシーがのんびりと首を揺らし、道行く人々は半袖短パンで楽しげに笑い合っている。

それなのに、ロフトのベッドにいるサナは、厚手の毛布にくるまりながら、自分の中に巣食う「冷たさ」に、心の底から落胆していた。

【カルテ:午後】

症状: 頑固な寒冷感。体温調節機能の低下。

精神: 自己嫌悪、および周囲との乖離(かいり)感。

判断: 長期療養による体力の著しい消耗、および代謝の低下。

「……なんで、……こんなに、さむいの……」

サナはオレンジの花柄シャツの上に、さらに厚手のカーディガンを羽織り、白いパンツの膝を抱えて丸まっていた。
窓から差し込む光は確かに熱を持っているはずなのに、彼女の肌はその熱を拒絶し、骨の芯から震えが突き上げてくる。

「……みんなは、あんなに楽しそうなのに。……アローラは、こんなに暖かいのに。……私だけ、……私だけが、ずっと冬の中にいるみたい……」

サナは、自分の指先を見つめた。白く、血色の失せた指。
こんなにも素晴らしい気候の場所にいながら、その恩恵を一切受けられない自分の体が、ひどく出来損ないのように思えて、視界が涙でぼやけていく。

「サナ、足湯の準備ができたぞ。……おや、顔色が優れないな」

ククイが、湯気を立てる小さな桶を持って上がってきた。サナは、差し出された温もりを素直に受け取ることができず、顔を背けた。

「……ククイ博士。……私、……アローラにいる資格、ないかもしれません」

「……資格? 穏やかじゃないな。何の話だ?」

「……だって、……こんなに暖かいのに、……私、ずっと寒いんです。……みんなが笑ってる太陽が、……私には、ちっとも届かない。……自分の体が、……すごく、嫌いです……っ」

サナの声は、最後には掠れた叫びのようになっていた。
ククイは何も言わず、湯気の立つ桶を床に置くと、サナの隣に座り、彼女の冷え切った両手を、自分の大きな掌で挟み込んだ。

「……サナ。……アローラの太陽はな、外を歩いている奴らだけのためにあるんじゃないぞ」

「……でも、……私は、ちっとも温まらなくて……」

「それは、君の体が今、外の熱を受け取る力さえも、全部内側の『戦い』に回しているからだ。……君は冬の中にいるんじゃない。……君の体の中で、命が必死に薪(まき)をくべて、火を絶やさないように守っている真っ最中なんだよ」

ククイはサナの指先を、ゆっくりと、力強く揉みほぐした。

「……外が暑いのは、アローラの勝手だ。……君が今、寒さを感じているなら、それが君の『真実』だ。……恥じることなんて一つもない。……足りない熱は、俺が、このお湯が、そしてこの毛布が補ってやる。……君はただ、自分の中の小さな火を守ることだけを考えていろ」

サナは、博士の掌から伝わってくる熱に、ようやくこわばっていた肩の力を抜いた。
自分を否定していた冷たい霧が、博士の言葉で少しずつ、形を失っていく。

「……博士。……わたし、……わがまま、言ってもいいですか……?」

「あぁ。博士命令で許可するぞ」

「……あしたも、……こうして、……手を、温めてくれますか……?」

「あしたも、あさってもだ。……君が『アローラは暑すぎる!』って怒り出すその日まで、俺の体温は君のためにあるからな」

サナは、博士に支えられながらゆっくりと足を湯に浸した。
足先から伝わるじんわりとした熱が、凍りついていた心まで、ゆっくりと溶かし始めていた。

『「アローラの気候」と「自身の病状」のギャップによる疎外感を確認。
身体的な加温(足湯)と並行し、「寒さは戦っている証である」というリフレーミングを実施。
環境に適応できない自分を責める心理を緩和。
彼女の主観的な感覚を否定せず、それに寄り添う支援を最優先とする。』

窓の外では、夕暮れのアローラが燃えるようなオレンジ色に染まっていた。
サナは、繋がれた手の温もりを確かめるように、静かに目を閉じた。
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