世界一優しい私の主治医
カントー地方の病室。窓の外に広がる灰色の空と、規則正しく響くモニターの電子音。それがサナの世界のすべてだった。
繰り返される入退院、一向に晴れない体調の霧。医師たちの沈痛な面持ちを見るたびに、サナの心は摩耗し、「自分はもう、このまま消えていくのを待つだけなのだ」と、幼い心に冷たい諦めを根付かせていた。
そんなある日、重苦しい病室の空気を切り裂くように、一人の男が現れた。
〜運命の邂逅、常夏の誘い〜
カントーへの学会出張の合間、知人の医師を訪ねていたククイは、廊下の片隅で白く透き通るような肌をした少女、サナを見かけた。常時こんこんと響く咳に肩を揺らし、生気のない瞳で窓の外を見つめる彼女の姿は、あまりにも不遇だった。
ククイは迷うことなく、彼女の病室の扉を叩いた。
「……あ、あの……どなた、ですか……?」
「俺はククイ。アローラ地方で、ポケモンと、命の輝きを研究している博士だ」
突然現れた、真っ白な白衣を素肌に羽織った快活な男に、サナは目を丸くした。ククイは彼女の枕元に腰を下ろすと、カントーの冷たい空気とは対照的な、太陽のような笑顔を向けた。
「サナ、と言ったな。……どうだ、俺と一緒にアローラへ来ないか?」
「……え……?」
「そこには、君を苦しめる冷たい木枯らしも、凍えるような冬もない。輝く海と、君の呼吸を支えてくれる優しい風がある。……君の止まりかけた時計の針を、もう一度動かすチャンスを俺に預けてくれないか」
諦めかけていた世界に、突然差し込んだ強烈な光。サナは震える指先で、ククイの差し出した大きな手を、おずおずと握り返した。
数週間後、サナの姿はアローラ地方、ククイ博士の研究所にあった。
研究所のロフトには、彼女のための小さな個室が用意された。白いパンツに、アローラの陽光を思わせるオレンジの花柄シャツ。カントーでは重いコートに包まれていた彼女の体は、今はアローラの軽やかな風を肌で感じている。
【カルテ:第一日・午後】
患者: サナ(カントー出身、療養留学児)
主治医: ククイ
状態: 長距離移動による疲弊はあるが、環境の変化に対し、精神的な高揚が見られる。
目標: アローラの気候に体を慣らし、まずは「自発的な呼吸」のリズムを取り戻すこと。
「……ククイ博士。……お空が、とっても……近いです……」
ロフトの窓から身を乗り出すようにして、サナは掠れた声で呟いた。
「あぁ。アローラの太陽は、頑張る奴の味方だからな。……サナ、ここはもう病院じゃない。君が『生きる』ための場所だ」
「……はい。……私、……頑張ります。……ここで、……もう一度……」
まだ言葉の端々に、こんこんと咳が混じる。顔色もカントーの頃のまま、青白いままだ。けれど、その瞳の奥には、消えかけていた「希望」という名の小さな火が、再び静かに、けれど確かに灯り始めていた。
ククイは、階下から聞こえてくる波音に耳を傾けながら、彼女の背中を優しく撫でた。
「焦らなくていい。君のペースで、ゆっくり歩き出せばいいんだ。……アローラの海も、山も、そして俺も……君が元気な『おはよう』を言える日を、いつまでも待っているからな」
サナは、ククイ博士の大きな背中を見つめながら、深呼吸をしようと試みた。
まだ肺の奥は少し痛むけれど、吸い込んだ空気は、カントーのそれよりもずっと温かく、優しく彼女の体を満たしていった。
これが、サナのアローラでの、新しい命の物語の始まりだった。
繰り返される入退院、一向に晴れない体調の霧。医師たちの沈痛な面持ちを見るたびに、サナの心は摩耗し、「自分はもう、このまま消えていくのを待つだけなのだ」と、幼い心に冷たい諦めを根付かせていた。
そんなある日、重苦しい病室の空気を切り裂くように、一人の男が現れた。
〜運命の邂逅、常夏の誘い〜
カントーへの学会出張の合間、知人の医師を訪ねていたククイは、廊下の片隅で白く透き通るような肌をした少女、サナを見かけた。常時こんこんと響く咳に肩を揺らし、生気のない瞳で窓の外を見つめる彼女の姿は、あまりにも不遇だった。
ククイは迷うことなく、彼女の病室の扉を叩いた。
「……あ、あの……どなた、ですか……?」
「俺はククイ。アローラ地方で、ポケモンと、命の輝きを研究している博士だ」
突然現れた、真っ白な白衣を素肌に羽織った快活な男に、サナは目を丸くした。ククイは彼女の枕元に腰を下ろすと、カントーの冷たい空気とは対照的な、太陽のような笑顔を向けた。
「サナ、と言ったな。……どうだ、俺と一緒にアローラへ来ないか?」
「……え……?」
「そこには、君を苦しめる冷たい木枯らしも、凍えるような冬もない。輝く海と、君の呼吸を支えてくれる優しい風がある。……君の止まりかけた時計の針を、もう一度動かすチャンスを俺に預けてくれないか」
諦めかけていた世界に、突然差し込んだ強烈な光。サナは震える指先で、ククイの差し出した大きな手を、おずおずと握り返した。
数週間後、サナの姿はアローラ地方、ククイ博士の研究所にあった。
研究所のロフトには、彼女のための小さな個室が用意された。白いパンツに、アローラの陽光を思わせるオレンジの花柄シャツ。カントーでは重いコートに包まれていた彼女の体は、今はアローラの軽やかな風を肌で感じている。
【カルテ:第一日・午後】
患者: サナ(カントー出身、療養留学児)
主治医: ククイ
状態: 長距離移動による疲弊はあるが、環境の変化に対し、精神的な高揚が見られる。
目標: アローラの気候に体を慣らし、まずは「自発的な呼吸」のリズムを取り戻すこと。
「……ククイ博士。……お空が、とっても……近いです……」
ロフトの窓から身を乗り出すようにして、サナは掠れた声で呟いた。
「あぁ。アローラの太陽は、頑張る奴の味方だからな。……サナ、ここはもう病院じゃない。君が『生きる』ための場所だ」
「……はい。……私、……頑張ります。……ここで、……もう一度……」
まだ言葉の端々に、こんこんと咳が混じる。顔色もカントーの頃のまま、青白いままだ。けれど、その瞳の奥には、消えかけていた「希望」という名の小さな火が、再び静かに、けれど確かに灯り始めていた。
ククイは、階下から聞こえてくる波音に耳を傾けながら、彼女の背中を優しく撫でた。
「焦らなくていい。君のペースで、ゆっくり歩き出せばいいんだ。……アローラの海も、山も、そして俺も……君が元気な『おはよう』を言える日を、いつまでも待っているからな」
サナは、ククイ博士の大きな背中を見つめながら、深呼吸をしようと試みた。
まだ肺の奥は少し痛むけれど、吸い込んだ空気は、カントーのそれよりもずっと温かく、優しく彼女の体を満たしていった。
これが、サナのアローラでの、新しい命の物語の始まりだった。
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