博士と研究



天気良し、気温良し、おまけに気分も良し!今日は絶好のフィールドワーク日和だ。普段よりも少し大きめのリュックに備品を詰め込んだククイはまだ夢の中にいるであろうサナを起こしにロフトへ続く梯子に手をかけた。
一歩進む度にギシギシと軋む梯子を登り切り、ベッドの中の様子を確認するとそこにはいつも通り身体を丸めて眠るサナの姿があった。
顔色は…悪くない。今日は授業に参加出来そうだな。ククイはベッドに腰掛けると囁くようにして「おはよう」と声をかける。
するとその言葉に反応したのか、布団がもぞりと動き中から眠そうに大きな瞳が現れた。
「……おあようございまふ……」
「どうだ、身体しんどくないか?」
彼女は一般の人よりも身体が弱く、よく体調を崩してしまう。その為、ククイの研究所であるアローラ地方へ療養児として留学に来ている最中だった。
ククイの言葉にコクリと首を縦に振るとゆっくりと起き上がり伸びをした。
「うーん……ちょっとだけダルいですけど大丈夫です。心配かけてすみません」
「気にするなって。ほら、今日はお前の大好きなフィールドワークがあるんだ。早く支度しろよ」
「はい!」
元気の良い返事と共にベッドから飛び降りると洗面所へ向かって駆けていく後ろ姿を見送る。
あくまで今は小康状態というだけで彼女の体調が完全に回復した訳ではない。あまり羽目を外し過ぎないようしっかりと見張っておかないとな……。
ククイは小さくため息をつくと、昼食用のサンドイッチの準備をしようと寝室を出た。
***
「えぇ~っ!!そんなぁ……」
「だから言っただろ?無理は禁物だって」
フィールドワークを始めて数十分経った頃、異変は起きた。案の定と言うべきか、先程まで笑顔で歩いていたサナだったが、突然立ち止まり苦しそうな表情を浮かべ始めたのだ。慌てて抱き抱え近くの木陰へと連れていき今に至る。
「まだ本調子じゃないならちゃんと言ってくれ…心配するだろう?」
「はい……」
「分かったならよろしい」
しゅんとする頭を撫でながらククイは考える。さて、これからどうしたものか。無理はさせるべきではないが、先に学校に戻らないといけない程、体調が悪そうにも見えない。それに…
「博士ぇ…見てるだけでもダメですか…?」
この通り上目遣いでお願いされてしまえば断る理由なんてどこにもなかった。
「わかった。わかったよ。…じゃあここで皆の様子を観察しよう」
「やったぁ!!」
「ただし、少しでもしんどいと思ったらすぐに言うこと。いいね?」
「はい!」
満面の笑みで応える彼女に思わず口元が緩んでしまう。全く、俺も甘いな……。
苦笑いしながら腰を掛ける場所を探そうと辺りを見渡すと、少し離れた場所にちょうど良いスペースを見つけた。
「あそこに座ろう。ほら、掴まって」
「ありがとうございます……」
手を差し出すと素直に小さな手が乗せられる。その手を握り立ち上がるとゆっくり歩き出した。
近くに座って観察を始めると、まず目に入ってきたのはマオとスイレンだった。
「あっ!博士、見て下さい…!ピチューですよ…可愛いですね…!」
ぽんぽんと肩を叩かれ、首を傾けると興奮した様子のサナが指差す方向を見る。そこには草むらの中から顔を覗かせているピチューがいた。
「ほんとだ、珍しいな」
「ですよね!ゲットするんでしょうか…?」
その様子をしばらく眺めていたのだが、マオがボールを手に取った瞬間、ピチューは茂みの中に姿を消してしまった。
「あー…逃げられちゃいましたね…」
残念そうに呟く彼女だが、どこかホッとしたような表情をしているようにも見えた。
その後も観察を続けていたが特に変わった事はなく、時折ポケモンの鳴き声が聞こえてくる程度だった。
「そろそろ終わりだな、皆の元へ戻ろうか」
「はい」
立ち上がり再びサナの手を取るとあらかじめ伝えていた集合場所へ足を進めた。
「おーい!こっちだよー!」
「ごめん!遅くなったー」
「ううん、時間通りだよ。それよりサナは大丈夫?途中からククイ博士と見学してたでしょ?」
「うん、ちょっと無理し過ぎちゃったみたい…今は大丈夫!」
「ほんとか?無理はするんじゃねーぞ」
「分かってるってば~!」
クラスメイト達との会話を聞きながらククイはこっそりと胸を撫で下ろした。彼女の体調のことが気がかりだったが、ひとまずは大丈夫そうだ。
「よし!皆、お疲れ様。今日のフィールドワークについてレポートを書いて来週までに提出してくれ。では解散」
俺の言葉と同時に生徒達は散り散りになっていく。ククイはリュックを背負い、サナの元へと向かった。
「さ、帰ろう」
「わっ、自分で持ちますよ!?」
「いいから」
半ば強引に鞄を奪うと、空いた方の手に自分の手を重ねる。繋いだ手はさっきよりも熱を帯びてるような気がして、さりげなく額と額を近づけてみるとやはりいつもより体温が高い。
「博士…?」
「やっぱりちょっと熱いな…身体怠いだろ?いつからだ?」
「怠いだなんて、そんな…!私今日ずっと楽しくて全然気付きませんでした……ご迷惑かけてすみません」
「いや、俺が気付けなかったのが悪いな…ごめん。今日は帰ったらすぐ休もう」
「はーい……」
渋々といった様子で歩き始めた彼女の歩幅に合わせながらゆっくりと研究所への道を辿る。「でも今日は楽しかったです。本当に、またフィールドワークに連れて行ってくださいね」
「もちろん。今度はもう少し体調の良い時にな」
「はいっ!」
元気の良い返事と共に彼女はにっこりと微笑んだ。
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