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延命治療




今日は体の調子がいいから、と町中で自分に会ったことはククイ博士に言わないでと手を合わせた上に上目遣いときた。
調子がいいなら何故ククイ博士には秘密なんだ、何故相棒のロトムはいないんだ、何故走ってもいないのに肩で息をしているんだ。
沢山の何故に埋め尽くされても尚、俺は彼女の願いを聞き入れてしまった。
「ごめんね…どうしても欲しい木の実があって…」
木の実くらいククイ博士に頼めばいいだろと言いかけて、やめた。
万全ではない体で、博士とロトムの目を掻い潜ってしかも1人で外に出たということはそれだけ大事な理由があるはずだ。
「でも1人じゃ危ないだろ」
「ありがとう、気をつけるよ」
そう言って彼女は笑った。その笑顔は、汗をかいて、呼吸だって荒くて苦しそうだというのに、まるで天使のように美しかった。
「俺も行く」
「えっ!?」
驚いた顔をする彼女に、自分がどんな表情をしていたのかわからない。ただ咄嵯に出た言葉だった。
「そっちの方が早く見つかるかもしれないだろ?」
「で、でも…悪いよ…」
「今日手伝いじゃないし気にすんな」
「うーん……わかった。お願いします!」
俺の提案を受け入れた彼女は、申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げた。
「金は持ってんのか?」
「あぁ……大丈夫だよ!たぶん…」
多分ってなんだ。多分って。
心のなかでツッコミを入れながら市場を少し歩く。
いつもより騒がしい市場に、何故か胸騒ぎを覚えた。
そして案の定それは的中してしまったのだ。
「あ?お前らこんなところで何してんだよ」
聞き慣れた声の主の方を振り向くと、そこには予想通りの人物が立っていた。
「あっ、グズマさん!こんにちは」
サナの声色が変わったことに気付くと同時に、自分の眉間にシワが寄っていることも自覚していた。
「おい、まさかとは思うけどお前……また抜け出してきたんじゃねぇだろうな?」
グズマさんの鋭い視線を受け、彼女は一瞬だけ体を強ばらせたように見えた。だがすぐに元に戻って、口を開く。
「そんなことしないですよ〜!ちょっと散歩です!」
「お前ほんとは体調良くないだろ?あんまりあいつに心配かけんなって」
呆れたように言うグズマさんの言葉を聞いて、やっぱりと思う自分がいた。
「ほら、さっさと帰って寝ろ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「あ?」
「木の実を探しているんです…少し探したら帰りますから……ね?」
「チッ、しょうがねえ奴だな……」
舌打ちしながらも大人しく引き下がるあたり、やはりこの人は根が良い人なのだと思った。
グズマさんが立ち去ったあと、目当ての木の実を何とか見つけ出した俺達は2人でベンチに腰掛けていた。
「ごめんね、付き合わせちゃって……」
「別にいい。それより本当に平気なのか?」
「うん!もうだいぶ良くなってきた気がするんだ〜」
おいおい…体の調子は良いんじゃなかったのか?
本格的にしんどくなってきたのか設定がブレ始めている彼女を横目に、俺は深くため息をつく。
「ところでオレンの実、オボンの実、フィラの実…それにイアの実まで…何に使うんだよ」
「それだけじゃないよ。ウイの実からマゴの実まで身体に良さそうなもの沢山買っちゃった」
そう言って彼女はカバンの中から大量の木の実を取り出した。
「……全部使うのか?」
「もちろん。私頑張るって決めたんだ」
彼女の瞳の奥にある強い意志を感じた時、俺は何も言えなかった。ただ、その小さな手を握ってやることしかできなかった。
それから俺達はほとんど無言のまま、それぞれの家に帰った。
家に着いてもなお、俺の脳裏には先程の光景が焼き付いていた。
『私頑張るって決めたんだ』
その言葉の意味を噛み締めるように、何度も反すうする。
頑張るのは誰のためだ?ククイ博士のためか?それとも自分自身のため…?ベッドの上で目を瞑りながら考えるが答えなど出るはずもなく、やがて睡魔に襲われてそのまま意識を手放した。
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