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過保護な博士



ククイ博士は過保護だ。
嫌な訳じゃない、むしろ彼が私のことを気にしてくれるのは満更でもないのだが、特に最近はそれが度を越している気がする。
アローラ地方に留学が決まってから、ホームステイ先に研究所を紹介してくれたり、学校の手配など生活面でも経済面でも本当に良くして貰っている。知らない土地での生活に不安はあったが、そんな私の気持ちも汲み取ってくれたようで、余程のことがない限りは私が困らないように側に居てくれる。……だけど、流石に毎日一緒にいなくてもいいと思うのだ。私だって地元にいた時はそれなりに遊んでいたし、たまには一人でゆっくりしたい時もある。
(そろそろさり気なく言ってみようかな)
もうここに来てから1ヶ月以上経つ。その間ずっと一緒にいて、彼の優しさに触れてきたけれど、だからと言ってそれに甘えてばかりいるわけにもいかないだろう。決して彼と四六時中一緒なのが息苦しいとかそういうことではないけれど、ただ、少しだけ距離を置きたいと思った。
「よし!決めた!」
「どうしたんだサナ?いきなり大きな声出して」
「っうぇあ!?」
突然聞こえた声に驚いて振り返るとそこには不思議そうに首を傾げたククイ博士がいた。
「び、びっくりしました……」
「ごめんごめん。でも何か決意を固めたような顔してたからつい話しかけちゃったんだよ」
…まぁ、確かに決意を固めてたところではあるけど……。というか今の声聞かれてるよね絶対。恥ずかしいな。
「ああ、イワンコもびっくりするなきごえだったな!」
はははっと笑いながらイワンコを撫でる彼にちょっとイラッとしてしまう。元はと言えば貴方のせいでこんなことになったんですけどね!
ぷくう、と頬を膨らませているとまた彼は笑っていた。
「ほっぺたがプリンみたいになってるぞ?」
「もうっ、怒りますよっ!」
「ごめんって」
全く悪びれていない様子で謝ってくるものだから余計に腹立たしい。別に本気で怒ってはいないけど、なんだか子供扱いされている気分になる。私はもう大人なのに。
「それで、何を決心したんだ?」
「いえ、大したことじゃないです。ちょっとこれからは自分のことは自分でやろうと思って」
「へぇ〜偉いじゃないか。どういう心境の変化だい?」
「んーなんでしょう……、このままじゃダメだなって思っただけです」
「ふぅん……」
私の言葉にどこか納得していないような表情を浮かべていた彼だったが、「まぁいっか」と呟くとそのまま立ち上がった。
「今日は何をするつもりなのか教えてくれないか?僕も手伝うよ」
「え?」思わず聞き返してしまった。
「あの、今私が言ったこと聞いてました?」
「うん聞いていたとも。『自分の事は自分でやる』んだろう?」
「はい」
「なら問題ないじゃないか。僕は君が助けを求めるまで手をかさない。でも、様子を見させては貰うよ。もし君に怪我なんかさせてしまったら大変だからね」
そう言って微笑む彼の笑顔はとても優しくて、だけど有無を言わせない強さがあった。その視線に射抜かれてしまうと、何故か反論なんて出来なくなってしまう。
「わかりました……」
結局私は折れることしか出来なかった。
それからというもの、彼は宣言通り私の様子を観察し始めた。食事の支度をする時も、勉強をしている時も、そしてお風呂に入る時でさえ。
「ちょっ、博士!いくらなんでも見すぎですよ!!」
流石にここまで見られていては落ち着かない。
「だって仕方ないだろう?君の身にもしもの事があってからでは遅いんだから。君の両親に顔向けできないよ」
「だからってこれはやり過ぎです!」
これなら前の方がまだマシだ。何より私が集中出来ない!顔に熱が溜まるのを感じながら抗議すると、彼はわざとらしくため息をついた。
「わかった、わかった。じゃあ本当にサナが1人で大丈夫なのかどうか試してみるかい?」
「はい?」
なんだか雲行きが怪しくなってきた気がする。
「それじゃあ今日の晩御飯を作って貰おうかな」
「え——」
最後に見た彼の顔は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
意地悪をされた、完全に。
結局いつものようにキッチンに二人で立って調理をした。料理に関しては正直自信がない。普段の食事はククイ博士が作ってくれているし、そもそもそんな凝ったものを作る機会もない。だけど、ここで諦めたら負けのような気がして必死にレシピ本を見ながら作業を進めた。
ククイ博士は私1人にやらせるのが不安だったのか、横に立ってずっと私の手元を見つめていた。時折アドバイスをしてくれたり、包丁の扱い方を教えてくれたりしたが、それって見ているだけに入るのだろうか…?
そんなことを考えながらトントンとリズミカルに野菜を切る音だけが響く。ああ、もうっ…視線が気になりすぎて全然集中できないよ!
「あっ…!」
チリッ…とした痛みと共に指先に赤い血が流れた。どうやら考え事をしていたせいでうっかり切ってしまったらしい。「大丈夫か!?見せてみろ」
慌てる博士に大丈夫だと伝えようとしたが、それよりも早く彼の手が私の右手を掴んだ。
「見ない方がいい。パニックにでもなったら大変だからね」
こんなことで取り乱したりなんかしない。そう言おうとしたけど、真剣な表情を浮かべる彼に何も言うことが出来なかった。
「傷口を水で洗って、手当てをしような」
水道から流れる水が赤く染まっていく。それをぼんやりと見つめていると不意に視界が暗くなった。それがククイ博士の手で塞がれているからだと言うことにすぐに気づく。
「博士?」
「少しだけ我慢してくれよな」
いつの間にか近くにいたイワンコも心配そうな声を上げている。
「大丈夫だ。ほら、もうすぐ終わるからな」
そう言って笑う博士の顔が見えない。だけど、私を安心させるように頭を撫でてくれる大きな手は温かくて心地よかった。
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