博士と研究
高熱が続いた時に熱せん妄という症状が出ることがあるらしい。本人に自覚はないようだが、彼女のカントーの主治医によると過去にも何度かその症状が出ていたようだ。
サナはよく発熱するが、(むしろ発熱していない時の方が少ない)僕と一緒にアローラ地方へ来てからはその症状を見せることはなかった。
そう、今日この時までは……。
「ククイ博士!緊急事態発生!緊急事態発生ロト!!」
耳障りな警告音とともにロトム図鑑の声が響き渡った。
朝からずっとサナは体調が悪い様子だった。いつもより食欲がなく、顔色もよくなかったけれど、本人は平気だと言って僕に仕事をするように促していた。
僕はそんな彼女に少し違和感を抱きながらも、彼女の言葉に甘えて地下の研究室で作業をしていた。
キリの良いところで手を止めて一息つきながらコーヒーを飲んでいるところにロトムが現れたのだ。
「……っ!?どうしたんだい?何かあったのか?」
慌てて詳細を聞き出すと彼は声を張り上げた。
「サナがいないロト!どこにもいないロト!」
「え……?」
一瞬言葉の意味がわからず呆然とする。
「嘘だろ?あんな高熱で外に出たっていうのか!?」
思わず椅子から立ち上がる。
「わからないロト……」
ロトムも困惑しているようでオロオロとしている。
「とにかく探そう。まだこの辺に居るかもしれない。とりあえず外を探してみよう。」ロトムに声をかけてすぐに階段を駆け上がる。玄関を開けると眩しい日差しが降り注いでいた。研究所の庭を見渡す。
「いないな……一体どこに行ったんだ!?」
相棒のウォーグルにも空から探してもらっているが見つからない。
その時、研究所のビーチの方から水音が聞こえてきた。急いで音の方に走り出す。そこには信じられない光景が広がっていた。
「あははっ!冷たくて、気持ちいい〜」
海水に濡れるのも構わずに、波打ち際で仰向けになってぷかぷか浮いている少女の姿があった。
「サ、サナ!?何やってるんだ!!早くこっちに来るんだ!!」
声をかけるが全く反応がない。
彼女が僕の言うことを聞かないなんて初めてのことだった。仕方なく力ずくでも連れ戻そうと近寄る。
「熱があるんだぞ!?こんなことしたらダメじゃないか!」
彼女を砂浜まで引き上げると、一呼吸置いてから抱き上げた。
腕の中でぐったりとする彼女はまるで人形のように軽く明らかに様子がおかしい。目つきが普段と違い、どこか虚ろだった。まるで熱に浮かされているように……。そこでハッと思い出した。
(まさか……あの症状が出ているんじゃ……?)
熱せん妄の症状は本人が自覚しないことが多い。そして、それは唐突に現れる。だから突然の行動には注意して見ていなければならなかったのだが……。
僕は自分の不甲斐なさに歯噛みしながら彼女を抱えて研究所へ戻った。
あの時、彼女の言葉に甘えずに無理矢理にでも側にいれば……。後悔先に立たずとはまさにこのことだ。
腕の中でふうふうと苦しげな息をするサナを見て唇を強く噛む。まずは2人ともびしょ濡れなので着替えさせなければならない。
僕はロトムに連絡を取るとタオルを持ってくるように指示をして寝室へ向かった。ベッドの上にそっと横たえるとパジャマを脱がせるためにボタンに手をかけた。すると、「うぅん……」という小さな声と共に彼女の目が薄らと開いた。
「あれぇ?くくい、博士…?わたし…」
ぼんやりとした瞳で僕を見る。意識はまだはっきりしていないようだ。
「大丈夫だよ。今、服を替えさせてあげるからね。」
安心させるように微笑んで、頭を撫でると彼女は目を閉じた。
「濡れてる…?なんで…?お風呂入ったのぉ?」不思議そうに呟きながら首を傾げる。
「……やはり何も覚えてないんだな。取り敢えず今は眠るんだ。身体を休めないと。」
そう言って手早く上着を剥ぎ取って脱がせ、新しいものに取り替える。
「さっきまで、夢見てたんだぁ…身体がね、熱いから…海に入る夢…」
彼女は弱々しい声で途切れ途切れに話した。どうやら先程の行為を夢の中の出来事だと思っているようだ。
「そうか……暑かったんだな。熱が上がっていたのかもな…とにかくゆっくり休むんだよ。」
僕は優しく言い聞かせるように話しかけながら寝かしつけていた。しかし、不安が顔に出ていたのだろう。サナは恐る恐ると言った様子で僕に話しかけてきた。
「はかせ…?怖い顔、してる……わたし、なにか悪いことしちゃった…?迷惑…?」「っ!違うよ……。君は何も悪くないんだ。ただ心配しているだけなんだ。」
慌てて笑顔を作って否定する。今は彼女の不安を煽るようなことは避けたい。しかし、それが逆効果だったようでサナは涙を浮かべ始めた。
「ゔゔ…っ、ごめっ…なさい……!わたし、いつも迷惑かけてばっかりで……!わたし……そんな、つもりじゃ…!」
彼女は泣きじゃくりながら必死に訴えかけてくる。その様子はとても痛々しくて見ているだけで胸が締め付けられた。「サナ……泣かないでくれ。僕は怒ってなんかいないから。」
僕はゆっくりと彼女に近づいて抱き寄せた。磯の香りがふわりと鼻腔をつく。彼女は抵抗せずにすっぽりと腕の中に収まった。
僕は子供をあやすように背中をさすってやる。
「ほんとう……?おこって、ない……?きらわれて、ない……?」
「ああ、本当だ。だからもう泣くのをやめようか…苦しくなっちゃうだろう?」
なるべく優しい口調で語りかける。
「うん……」小さく返事をしたと思ったら、そのまま規則正しい寝息を立てはじめた。どうやら眠ってしまったらしい。
「やっと落ち着いたか……」
ほっと安堵の息を吐いて彼女をベッドに横たえた。
まさか熱せん妄がこんな形で現れるとは……。これはかなり厄介だ。本人もきっと無意識のうちに行動しているのだと思うが、本人の意思ではない分、どんな行動をするか予想ができない。それに、今回の件を教訓として今後このようなことがないように気をつけなければ。
とにかく今は安静にしていよう。何かあったらすぐに対処できるように側で見守っていよう。
「ごめんな……」
彼女の頬に触れながら思わず謝罪の言葉を口にする。今回はロトムのお陰で比較的早く異変に気付けたから良かったものの、もし発見が遅れていれば最悪の事態になっていたかもしれない。そう思うとゾッとする。
それに、海に入ったせいで熱が上がってしまうかもしれない。そう考えると気が重くなる。
「はあ……」
思わずため息が出る。こんなことなら熱せん妄についてもっと勉強しておくべきだった……。
とにかく今は後悔しても仕方がない。今は自分にできることをしよう。僕はそう思い直して濡れてしまった衣服とタオルを抱えて風呂場へ向かった。
サナはよく発熱するが、(むしろ発熱していない時の方が少ない)僕と一緒にアローラ地方へ来てからはその症状を見せることはなかった。
そう、今日この時までは……。
「ククイ博士!緊急事態発生!緊急事態発生ロト!!」
耳障りな警告音とともにロトム図鑑の声が響き渡った。
朝からずっとサナは体調が悪い様子だった。いつもより食欲がなく、顔色もよくなかったけれど、本人は平気だと言って僕に仕事をするように促していた。
僕はそんな彼女に少し違和感を抱きながらも、彼女の言葉に甘えて地下の研究室で作業をしていた。
キリの良いところで手を止めて一息つきながらコーヒーを飲んでいるところにロトムが現れたのだ。
「……っ!?どうしたんだい?何かあったのか?」
慌てて詳細を聞き出すと彼は声を張り上げた。
「サナがいないロト!どこにもいないロト!」
「え……?」
一瞬言葉の意味がわからず呆然とする。
「嘘だろ?あんな高熱で外に出たっていうのか!?」
思わず椅子から立ち上がる。
「わからないロト……」
ロトムも困惑しているようでオロオロとしている。
「とにかく探そう。まだこの辺に居るかもしれない。とりあえず外を探してみよう。」ロトムに声をかけてすぐに階段を駆け上がる。玄関を開けると眩しい日差しが降り注いでいた。研究所の庭を見渡す。
「いないな……一体どこに行ったんだ!?」
相棒のウォーグルにも空から探してもらっているが見つからない。
その時、研究所のビーチの方から水音が聞こえてきた。急いで音の方に走り出す。そこには信じられない光景が広がっていた。
「あははっ!冷たくて、気持ちいい〜」
海水に濡れるのも構わずに、波打ち際で仰向けになってぷかぷか浮いている少女の姿があった。
「サ、サナ!?何やってるんだ!!早くこっちに来るんだ!!」
声をかけるが全く反応がない。
彼女が僕の言うことを聞かないなんて初めてのことだった。仕方なく力ずくでも連れ戻そうと近寄る。
「熱があるんだぞ!?こんなことしたらダメじゃないか!」
彼女を砂浜まで引き上げると、一呼吸置いてから抱き上げた。
腕の中でぐったりとする彼女はまるで人形のように軽く明らかに様子がおかしい。目つきが普段と違い、どこか虚ろだった。まるで熱に浮かされているように……。そこでハッと思い出した。
(まさか……あの症状が出ているんじゃ……?)
熱せん妄の症状は本人が自覚しないことが多い。そして、それは唐突に現れる。だから突然の行動には注意して見ていなければならなかったのだが……。
僕は自分の不甲斐なさに歯噛みしながら彼女を抱えて研究所へ戻った。
あの時、彼女の言葉に甘えずに無理矢理にでも側にいれば……。後悔先に立たずとはまさにこのことだ。
腕の中でふうふうと苦しげな息をするサナを見て唇を強く噛む。まずは2人ともびしょ濡れなので着替えさせなければならない。
僕はロトムに連絡を取るとタオルを持ってくるように指示をして寝室へ向かった。ベッドの上にそっと横たえるとパジャマを脱がせるためにボタンに手をかけた。すると、「うぅん……」という小さな声と共に彼女の目が薄らと開いた。
「あれぇ?くくい、博士…?わたし…」
ぼんやりとした瞳で僕を見る。意識はまだはっきりしていないようだ。
「大丈夫だよ。今、服を替えさせてあげるからね。」
安心させるように微笑んで、頭を撫でると彼女は目を閉じた。
「濡れてる…?なんで…?お風呂入ったのぉ?」不思議そうに呟きながら首を傾げる。
「……やはり何も覚えてないんだな。取り敢えず今は眠るんだ。身体を休めないと。」
そう言って手早く上着を剥ぎ取って脱がせ、新しいものに取り替える。
「さっきまで、夢見てたんだぁ…身体がね、熱いから…海に入る夢…」
彼女は弱々しい声で途切れ途切れに話した。どうやら先程の行為を夢の中の出来事だと思っているようだ。
「そうか……暑かったんだな。熱が上がっていたのかもな…とにかくゆっくり休むんだよ。」
僕は優しく言い聞かせるように話しかけながら寝かしつけていた。しかし、不安が顔に出ていたのだろう。サナは恐る恐ると言った様子で僕に話しかけてきた。
「はかせ…?怖い顔、してる……わたし、なにか悪いことしちゃった…?迷惑…?」「っ!違うよ……。君は何も悪くないんだ。ただ心配しているだけなんだ。」
慌てて笑顔を作って否定する。今は彼女の不安を煽るようなことは避けたい。しかし、それが逆効果だったようでサナは涙を浮かべ始めた。
「ゔゔ…っ、ごめっ…なさい……!わたし、いつも迷惑かけてばっかりで……!わたし……そんな、つもりじゃ…!」
彼女は泣きじゃくりながら必死に訴えかけてくる。その様子はとても痛々しくて見ているだけで胸が締め付けられた。「サナ……泣かないでくれ。僕は怒ってなんかいないから。」
僕はゆっくりと彼女に近づいて抱き寄せた。磯の香りがふわりと鼻腔をつく。彼女は抵抗せずにすっぽりと腕の中に収まった。
僕は子供をあやすように背中をさすってやる。
「ほんとう……?おこって、ない……?きらわれて、ない……?」
「ああ、本当だ。だからもう泣くのをやめようか…苦しくなっちゃうだろう?」
なるべく優しい口調で語りかける。
「うん……」小さく返事をしたと思ったら、そのまま規則正しい寝息を立てはじめた。どうやら眠ってしまったらしい。
「やっと落ち着いたか……」
ほっと安堵の息を吐いて彼女をベッドに横たえた。
まさか熱せん妄がこんな形で現れるとは……。これはかなり厄介だ。本人もきっと無意識のうちに行動しているのだと思うが、本人の意思ではない分、どんな行動をするか予想ができない。それに、今回の件を教訓として今後このようなことがないように気をつけなければ。
とにかく今は安静にしていよう。何かあったらすぐに対処できるように側で見守っていよう。
「ごめんな……」
彼女の頬に触れながら思わず謝罪の言葉を口にする。今回はロトムのお陰で比較的早く異変に気付けたから良かったものの、もし発見が遅れていれば最悪の事態になっていたかもしれない。そう思うとゾッとする。
それに、海に入ったせいで熱が上がってしまうかもしれない。そう考えると気が重くなる。
「はあ……」
思わずため息が出る。こんなことなら熱せん妄についてもっと勉強しておくべきだった……。
とにかく今は後悔しても仕方がない。今は自分にできることをしよう。僕はそう思い直して濡れてしまった衣服とタオルを抱えて風呂場へ向かった。