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博士と研究


アローラ地方へ留学に来てから早3ヶ月。私はアローラ地方で初めての夏休みを迎えようとしていた。
…とはいってもあまり体調が安定しなくて学校にはほとんど登校出来てないし、そのせいでククイ博士にも沢山迷惑をかけてしまった。
いや、まさに今現在進行形で迷惑をかけてしまっているんだけど…
「ごめんなさい…終業式前に学校をお休みしてしまって……」
自身の不甲斐なさにシーツを握り締めながら謝ると、それに気付いた彼がベッドに腰掛けてきた。
その顔は怒っているというより心配そうで、思わず目が泳いでしまう。
「体調が悪い時は仕方ないさ」
大きな手がわたしの頭を撫でた。
この人には本当に頭が上がらないなぁ……。
「サナ、気に病むことはない。君はここに留学してまだ間もないだろう?環境に身体が慣れてなくて体調を崩しやすいのは仕方がないさ。」
ククイ博士の言葉はいつだって優しくて温かい。私のせいで制限されていることなんて沢山あるはずなのに、文句を言うどころかこうして甲斐甲斐しく何から何までお世話になっている始末だ。
「でも…やっぱり申し訳なくって……」
「気にするなって言ってるだろ?」
博士はクスリと笑うとわたしを抱き寄せた。
「いいか、サナ。俺は君が健康になってくれるなら何でも協力するつもりだ。だから遠慮なんかしないでどんどん頼ってくれよ?」
「はい……」
博士の腕の中で返事をしたけど、彼は私の声色からまだ納得していないことを感じ取ったのか、少し困ったような笑みを浮かべていた。
「だって…今まで私、ずっと誰かに迷惑をかけながら生き続けて…病気だって治るかもわからないのに……」
「サナ」
名前を呼ばれてハッとする。いけない、またネガティブなことを口にしてしまった。
私は慌てて顔を上げると笑顔を作った。
「あ、えっと、ごめんなさい!つい、マイナス思考になっちゃって、あはは…」
心臓が早鐘を打つ。今は彼の顔を見れない。どんな表情をしているんだろう。呆れているかな?それとも怒ってるかな? 怖くて彼の腕の中から出ようとしたら、ぎゅっと抱き寄せられてしまった。
「そんな顔するなよ……」
耳元で囁かれた声色は予想にも反して穏やかだった。
「怒って…ないんですか…?」
「まさか。君は患者なんだ。1番不安なのは君自身だろう?俺は君が少しでも楽になるように支えたいだけだよ」
博士の大きな手が再び私の頭を撫でてくれる。その温かさに涙が出そうになった。
「ありがとうございます……」
絞り出したお礼の言葉は震えていて、情けなかったけれど、博士は何も言わずに抱きしめてくれた。
「でも、実際大変ですよね…?研究もですけど…通知表の準備とか夏休みの宿題の準備とかあるんじゃないですか…?」
ククイ博士はポケモンスクールで担任を承っているから今の時期、やらないといけないことは山積みのはずだ。それなのに、私の面倒ばかり見てもらっていて心苦しい。
「確かに忙しい時期ではあるけど、俺が好きでやってることだし、それに……」
そこで言葉を区切ると、ククイ博士は真剣な眼差しを向けてきた。
「君のことを助けたいんだ」
真っ直ぐすぎる言葉に胸がきゅんとなる。こんな素敵な人にここまで想ってもらえていることが嬉しくて堪らなかった。
だけど同時に申し訳なさもあった。
「あの、じゃあ……せめて何かお手伝いします…!」
意気込みすぎて後半は大きな声になってしまったけれど、ククイ博士は特に気にした様子もなく、即座に首を振って私の肩に手を置いた。
「サナ、俺は君が安静にしてくれるだけで十分嬉しいんだよ。だからあまり無理はしないでくれ。」
「はい……」
優しい声で諭されてしまっては引き下がるしかない。でも、何もせずにただ甘えるだけでは流石に気が引ける。
「簡単な作業とか…なんでもやりますけど……」「うーん……」
ククイ博士は難しい顔をして考え込んでしまった。
「少しでも博士の負担を減らしたいんです……」
食い下がらずに訴えかけると、彼は少し悩んだあと、「それなら……」と口を開いた。
「通知表の判子を押すのを手伝ってくれるかい?」
あれ、意外と大変なんだよなあ、なんてぼやく彼を見ていると、思わず笑みがこぼれてしまう。
「わかりました。任せて下さい!」
私が元気よく答えると、彼はホッとしたように微笑んでくれた。
「そうかそうか!いやあ助かるなあ〜」
それから2人で通知表作りに励んだ。と言っても、ほとんどククイ博士が用意してくれたものをチェックしていくだけだったのだけれど、それでも彼を助けられていることがとても嬉しかった。
「博士、これで全部終わりそうです」
最後の一枚のハンコを押して彼に渡すと、ククイ博士は満足げに受け取った。
「おお、サンキューな。これで仕事が一つ減ったぜ」
その表情を見て、私もつられて笑顔になる。
「どういたしまして。また何かあったら言ってくださいね」
彼が通知表をトントンと整えながら、そうだ、と呟く。
「サナ、君の通知表なんだが…」
「ああ…」
私は苦笑いを浮かべた。
クラスの分を準備していたが自分の物だけなかったことを思い出す。
「準備なんか出来ませんよね。…全然気にしてませんよ!多分、今学期は半分も出席出来てないし…もちろん、普通の学生みたいなことはしてみたいな、とは思ってましたが…」
がっかりしているのを悟られたくなくて思わず早口になってしまう。
「そうだな…君は留学生といえど療養児だし、学校に登校できる日数も少なくなってしまうことは校長も了承済みだ。だから、普通の生徒と同じように扱うことは難しいかもしれない。だが……」
ククイ博士が私を見つめる。その瞳はとても優しげだった。
「登校出来なくとも勉強は皆と同じようにしてきただろう?だから、これは俺からの特別賞だと思って受け取って欲しい」
そう言って彼が通知表を差し出してくる。
「わぁ……!ありがとうございます!!」
飛びつくようにして受け取ると、早速中を開いてみた。
そこには、今まで見たこともないような数の〇があった。
生まれて初めての通知表に感動すら覚える。まるで自分の人生が認めて貰えたような気分だ。
「博士、これ……!」
「君の努力の結果だよ」
ククイ博士は私に歩み寄ると、そのまま抱きしめてくれた。
「おめでとう、サナ。頑張ったな」
「……っはい!」
彼の腕の中で何度も大きくうなずく。
本当に幸せだ。この人の傍に居られることが。
カントーの病院で入院していた時はこんな生活想像も出来なかった。
だけど、今は……
「私、本当に良かった。博士と出会えて、ここに来れて……博士と暮らせて……」
自然と涙が溢れてくる。嗚咽混じりの声は聞き取りづらかったと思うけれど、それでも博士は何も言わずに抱きしめてくれていた。
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