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解熱剤


「んん…」
暗闇の中、手探りで時計を探すと深夜の2時を指していた。まだ起きるには早い時間だったけれど頭蓋が内側から圧迫されているような痛みにすっかり目が冴えてしまった。
(……あたま、いたい)
ガンガンする頭を押さえてベッドから起き上がる。寝汗もひどくて気持ち悪い。着替えたいけどそんな元気はない。それにこのままじゃまた熱が上がるかも……。
(水飲みに行こ……)
ふらつく足取りで梯子を降りていく。1階にあるキッチンまで行くと水道の水を飲み干す。ひんやりとした水が喉を通っていく感覚はとても心地いい。コップ一杯分飲んだところでシンクに置いてある薬箱に手を伸ばす。
(あった……)
解熱剤を手に取るとそのまま口に放り込む。ごくりと飲み込むと頭痛が治るまでシンクに寄りかかったまま目を閉じた。
「はぁ……はぁ…っ」
呼吸する度にヒューッという音が聞こえる。この音を聞く度私は自分がもう長くないって思ってしまう。
(嫌だよ……まだ死にたくないよ……)
涙を浮かべながら私はひたすら耐えるしかなかった。永遠とも思える長い時間が過ぎていった頃ようやく呼吸が落ち着く。それと同時に全身から力が抜けてその場に座り込んでしまった。
「うわっ!?びっくりした!大丈夫か?」
急に声をかけられてびくっと肩が震えた。振り向くと見慣れた顔があった。
「博士……」
「どうしたんだ?すごい汗だ…」
「ちょっと気分が悪くなって……今は落ち着いたので大丈夫です……」心配をかけないように無理矢理笑顔を作る。すると博士の顔つきが変わった。
「ちょっと待ってろ」
そういうとすぐに部屋を出て行った。そして数分後、スポーツドリンクやタオルなど看病に必要なものを乗せたお盆を持ってきた。
「ほら、とりあえず水分補給するんだ」
「ありがとうございます……」
ペットボトルを受け取ると蓋を開けて一気に流し込んだ。冷たい液体が喉を通る感覚はとても気持ちよかった。空になったボトルを渡すと「よく飲めたな、えらいぞ」と言って頭を撫でてくれた。その手がとても温かくて思わず泣きそうになる。それを必死に抑えていると博士は優しく私を抱き寄せてきた。
「辛かっただろう……一人で我慢して偉かったな……」
「博士……ぐすっ……」
堪えきれずに涙が流れてくる。博士は私の背中をさすってくれた。
「よしよし……今日はゆっくり休むといい」
そう言って再び抱きしめられる。今度は私からもぎゅっと抱きついた。
(あったかい……)
体温の低い私にとって博士の腕の中はすごく安心できる場所だった。
「サナ、寝る前にどんな症状が出たか聞いてもいいかい?」
「はい……」
私が答える間もずっと手を握ってくれていた。それが嬉しくてつい甘えたくなる。でもこれ以上迷惑かけちゃいけないと思ってなるべく簡潔に伝えた。
「頭が痛くて息苦しくなったんですけど今は落ち着きました。」「そうか……それなら良かった。他に何か変わったことはないかな?」
「多分…熱があったと思います。でも、それはいつものことだし…」「いつものことだからって油断したらダメだ。熱がある時は特に注意しないとな。」
「はい……ごめんなさい」
怒られたと思い俯いていると頬に手が添えられて顔を上げられる。目の前には優しい表情をした博士がいた。
「謝ることなんて何もないさ。辛い時にはちゃんと頼ってくれよ。俺は君の担当医なんだからな。」
「はい…」
そう、ククイ博士は私の主治医であり育て親みたいなものだ。ポケモンスクールに通うためカントー地方からアローラへやってきた11歳の私は、当時体調を壊しやすく入院生活を余儀なくされていた。そんな時にククイ博士と出会い、以来体調が安定するまで面倒を見てもらっている。
「にしても…おかしいな。熱がないように感じるんだが…」そう言うと額を合わせてくる。急なことに驚いて固まってしまう。
「あ、解熱剤を飲んだからだと思います…」
「…勝手に薬を飲むのは感心しないな。でも、それほど痛かったんだね?気づかなくてすまなかった。」
「いえ、博士は何も悪くありません……むしろこんな夜中に起こしちゃって申し訳ないです……」
「気にすることじゃないよ。君が苦しんでいるのに寝ていられないからな。よし、薬の調整をしようか。服用には少し早いけどそれを飲んで寝るといい。」そう言って白衣のポケットからピルケースを取り出すと何個か避けて錠剤を渡してくれた。「ありがとうございます……」
渡された薬を水と一緒に飲み込むと彼は頭を撫でてくれた。
「眠れそうならもう横になるんだ。無理に起きていたらまた熱が上がるかもしれないからな。ほら、おいで。ベッドまで運んであげよう。」
「はい……お願いします。」
博士に抱えられながらロフトに上がる。布団に入っても博士が出て行く気配はない。どうやら私が眠るまでそばに居てくれるようだ。
「はかせ、今日は本当にありがとうございました。」
「どういたしまして。明日も具合が悪かったり食欲がなかったりしたらちゃんと知らせるんだよ。いいかい?」
「わかりました……」
「いい子だ。じゃあゆっくりお休み。」
「おやすみなさい……」
目を閉じて眠りにつく直前、彼の唇が私のおでこに触れた気がした。
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