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夜凪

海の中は驚くほどに静かだった。
空から差し込む僅かな光と、小さな泡以外は視界を遮るものは何もない。
ポケモン達も寝静まっているのだろうか。
聞こえるのは私の息遣いと鼓動だけ。
とても穏やかで静かな空間だった。
私は今、生きているのだと実感すると同時に苦しくて堪らない気持ちになった。
───あぁ、やっぱり死ぬなんて無理だ
「ははっ……」
乾いた笑い声と共に目尻から涙が流れる。
ぽろぽろと止めどなく流れ落ちる雫は塩辛い海の味がした。
「死ねないよぉ……」
死にたくないけど生きていても苦しいだけだ。
どうしたらいいのかわからない。どうしようもない。
自分の無力さに打ちひしがれながら、ただただ泣くことしか出来なかった。
「サナ!!!!!」
不意に名前を呼ばれた気がして顔を上げると波打ち際にククイ博士の姿があった。
「ククイ、博士……?」
驚きで固まったまま動けないでいると、彼は躊躇することなくこちらに向かって泳いでくる。
そしてあっと言う間に私の元へ辿りつくとその逞しい腕で力強く抱き寄せられた。
耳元で荒い呼吸音が聞こえてくる。
「はぁっ、はぁ……やっと見つけた……!こんな所にいたんだな」
冷えた身体が包み込まれて彼の熱が次第に私へと移っていく。
安堵の声を聞きながら、彼の腕の中で私は困惑していた。
どうして怒らないの?どうして抱きしめるの?どうして助けてくれるの?
疑問ばかり浮かんでは消えていく。そんな私のことなどお構いなしというようにククイ博士は言葉を続けた。
「心配したぞ……一人で勝手に海に飛び込んで行くなんて……心臓が止まるかと思ったぜ……」
ぎゅうっと更に強く抱きしめられて思わず身じろぐ。
すると彼はハッとしたように私を解放してくれた。
「こんなに冷えて…寒かっただろう?」
ククイ博士は自分の着ている白衣を脱ぐと私の身体を包んでくれた。
その温かさにまた涙が出そうになる。
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいさ。こうして無事なんだからな」
とびっきり優しい声で頭を撫でられる。温かい掌が何度も往復する度、凍っていた心が溶かされていくようだった。
「とりあえず帰ろう。話はそれからだ」
ククイ博士はそれだけ言うと私の手を掴んで歩き出した。
その後を追いかけるようにわたしもついて行く。
ちゃぷちゃぷと音を鳴らしながら歩く度に砂の上に残された足跡が増えていった。
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