日常
午後の授業を終え、放課後になると皆でポケモンスクールの近くにあるショッピングモールへやってきた。
久々の買い物に周りをきょろきょろ見回しながら皆の後ろを歩いていたが、ふとピンクの屋根が可愛らしい出店の前で足を止めた。
「マラサダ食べるか?快気祝いに奢ってやるよ」
私がいないことに気付いて同じように足を止めてくれたのはカキだった。
「…いいの?」
「おう、遠慮すんな!」
カキと一緒に出店に入り、カウンターの前に立つとショーケースに並ぶカラフルなドーナツの中から一番美味しそうなものを注文する。
「すみません、このアマサダください!」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
店員さんは手際よく揚げたてのドーナツを紙袋に入れていく。
「お待たせしました。熱いのでお気をつけてください」
「はい、ありがとうございます!」
私は受け取った紙袋を持ってマオ達を探す。
「おーい!こっちこっち!」
声の聞こえてきた方へ行くとスイレンとマオがベンチに座って待っていた。2人の手にも包みがある。
「あれ、マオ達も買ったの?」
「うん。新しいお店が出来て食べたいな〜って話してたんだ!」
よく見てみると確かにパッケージに違いがある。どうやらスクールを休んでいた間に出来たお店のようだ。
「し、知らなかった…」
私がショックを受けているとマオが肩に手を置いて励ましてくれる。
「元気出して……また食べに来よう!」
「うん!」
その後カキと合流して私達は近くのテーブルにつくと早速一口頬張った。
サクッとした食感と共にほんのり甘い生地の中にふんわりと柔らかいクリームが入っていて絶妙なバランスを保っている。
「ん〜おいひぃ……」
「本当!すっごくおいしいね!」
「そうだな。これならいくらでも食べられそうだ」
「おいおい、いくらマラサダが美味いからって食べ過ぎると夕飯食べられなくなるぞ」
聞き慣れた声がするといつの間にか隣にククイ博士が立っていた。
「あ、博士!お疲れ様です!お仕事終わったんですか?」
「ああ、今さっきな。それ食べたらそろそろ帰ろうか。」
「はい!」
私はマラサダを食べ終えると皆と別れて研究所へ向かう坂道を下っていった。
ククイ博士は学校帰り、友達と遊ぶ私を必ず迎えに来てくれる。
普段は日が暮れる頃、迎えに来てくれるが、今日はまだお日様が沈む前なので少し早めに来てくれたようだ。
「…な、サナ!大丈夫かい?ぼーっとしていたけど……」
「えっ!?あっ、はい……今日はお仕事終わるの早いなって思って」
「あぁ…正直仕事どころじゃなかったんだ。病み上がりの君がまた倒れてしまうんじゃないかって…そう思ったらいてもたってもいられなくなってな」
ポリポリと帽子をかく博士。
その姿に胸がぽかぽかと温かくなるのを感じた。
「ふふ、ありがとうございます!もう平気ですよ。それに今日はカキに快気祝いでマラサダご馳走して貰ったんで!」
「ハハッ、それは良いな。後で俺もお礼言っとかないと……」
話している間に研究所の前まで到着すると博士は鍵を取り出して扉を開ける。
中へ入るとまず手洗いうがいをしてロフトの自分の部屋へと向かい、荷物を置いて着替えてからリビングに向かう。
「サナ〜!おかえりロト!学校楽しかったロト?」
ソファーに腰掛けると今日一日研究所でお留守番をしていたロトム図鑑が近寄ってきた。
「うん、久しぶりにみんなと遊べてすっごく楽しかった!」
私が話し終えた後、ロトムが身体を右に少し傾けた。
「ビビビッ…サナ、なんか声変じゃないロト?」
「えっ、そうかな?」
自分ではいつも通りの声を出しているつもりだが…そう言われれば若干掠れているようにも感じる。
「うーん、お昼に診察してもらった時にまだ少し喉が腫れてるって言われたけど…」
「そうだったロト?ちょっと見せてみるロト」
「うん。」
私は口を大きく開けてみせる。
すると「ピピッ」という音と共にレントゲン写真が映し出され、そこには喉の奥にある扁桃腺が大きく膨らんで真っ赤になっている様子が映っていた。
「こ、これはひどい炎症を起こしてるロト!早く治さないと大変なことになるロト!」
写真を見るなりけたたましいサイレン音と赤い光を出して慌てるロトム。
「ちょ、ちょっと!大袈裟だよ、ロトム!」
その騒ぎに地下室からドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえてくる。
「どうしたんだ!?何があった!」
「博士ー!緊急事態ロト!!サナが大変ロト!!!」
「サナが?一体どういうことなんだ?」
ククイ博士はロトムの話を聞くと私の前にしゃがみ込んで首元を触った。
「いたっ…!」
「おっと、痛いか……中も見せてもらうよ?
はい、あー…」
ククイ博士の真似をして「あー」と口を開けて見せると彼はペンライトを取り出して私の口内を観察し始めた。
「ああ、確かに炎症を起こしているな……やっぱり今日登校させるのは早すぎたか…」
ククイ博士はそれきり頭を抱えてしまった。
その様子を見て私は慌てて弁明する。
「そんな……私は大丈夫です。だから気にしないでください。」
「いいや、これは俺の責任だ。君に無理させちゃいけないのは分かってたはずなのに……」
「博士……」
手首に触れる博士の手はとても大きくて温かかった。私のことを気遣ってくれていることがよく分かる優しい触れ方だ。
「とにかく今日は薬を飲んで休もう。恐らく…また熱が出るだろうからね。」
「はい……」
その言葉を聞いて私は自分の身体のことながら思わず身震いしてしまった。
炎症が酷いこと、それは即ち高熱が出ることを示唆するからだ。
そして熱が下がらなければ…
「博士、注射は……嫌です」
「サナ……」
思わず博士の白衣を掴んでいた。
行き場のない不安がぐるぐると胸を渦巻く。
「お願いします、注射だけはやめて下さい。本当に痛くて辛いんです。」
白衣を掴む指が真っ白になる前にククイ博士は手を取って、冷たくなった指先を温めてくれた。
「分かった。なるべく打たないで済むようにするさ。でも薬は必ず飲むんだよ?」
「はい……」
注射という言葉を聞いただけで心臓が激しく脈打ち、全身の血流が速くなっていく感覚に襲われる。まるで自分が自分じゃなくなるような恐怖感を覚えるのだ。
「あー!ククイ博士嘘ついてるロト!そんなこと言ってサナが高熱出したら結局注射打つロト!嘘は良くないロトー!」
「ああこらロトムっ!余計なこと言うんじゃない!」
私の前に立ちはだかってそう指摘するロトムと必死に口を塞ごうとする博士。
博士とロトムのやり取りは次第にヒートアップして今では取っ組み合いにまで発展していた。
このまま眺めていてもいいけど、なんだか症状を自覚してから段々身体が怠くなってきたし…
音を立てないようにソファーから立ち上がると、2人が盛り上がっている内にこっそり自分の部屋へ戻った。
ベッドに横になって目を瞑ると、すぐに息が上がり頭がぼーっとしてくる。
この感じだと……多分明日になったらもっとひどくなってるだろうな、と頭の片隅で考えながら枕を抱き締める。
熱が出てしまう前に少しでも眠っておきたいのだがなかなか寝付けなかった。暫くするとリビングからククイ博士の声が聞こえた。
「サナ、起きてるかい?薬を持ってきたんだが飲めるかな?」
「はい……」
博士はテーブルの上に水の入ったコップと薬を置いて、ベッドで横になっている私を起こしてくれた。
「錠剤だから飲みやすいはずだ。ゆっくりでいいから全部飲んでくれ」
「分かりました……」
言われた通りに一粒ずつゆっくりと飲み込む。
その間もずっと博士は側にいて様子を見守ってくれた。
「よし、ちゃんと飲めたようだな。偉いぞ」
そう言って頭を撫でてくれる手つきはとても優しくて心地よかった。
「ありがとうございます……」
「うん、それじゃあお休み。ロトムは連れてくるかい?」
少し考えてから首を横に振った。
「いえ、今はひとりにしておいてください。心配かけたくないので……」
「そうか、わかったよ。彼には俺の研究所で寝るように伝えておくさ。」
「はい、よろしくお願いします。」
それだけ伝えるとククイ博士は部屋から出ていった。
少し経つと段々薬が効いてきたのか瞼が重くなってきた。微睡の中、薄く目を開けると普段机の上の充電器で眠るロトムがいないことに気付いてしまい罪悪感と寂しさが募った。
彼を迎えるためにも早く元気にならなきゃ…
明日には熱が下がっていますように、と祈りながら意識を手放した。
久々の買い物に周りをきょろきょろ見回しながら皆の後ろを歩いていたが、ふとピンクの屋根が可愛らしい出店の前で足を止めた。
「マラサダ食べるか?快気祝いに奢ってやるよ」
私がいないことに気付いて同じように足を止めてくれたのはカキだった。
「…いいの?」
「おう、遠慮すんな!」
カキと一緒に出店に入り、カウンターの前に立つとショーケースに並ぶカラフルなドーナツの中から一番美味しそうなものを注文する。
「すみません、このアマサダください!」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
店員さんは手際よく揚げたてのドーナツを紙袋に入れていく。
「お待たせしました。熱いのでお気をつけてください」
「はい、ありがとうございます!」
私は受け取った紙袋を持ってマオ達を探す。
「おーい!こっちこっち!」
声の聞こえてきた方へ行くとスイレンとマオがベンチに座って待っていた。2人の手にも包みがある。
「あれ、マオ達も買ったの?」
「うん。新しいお店が出来て食べたいな〜って話してたんだ!」
よく見てみると確かにパッケージに違いがある。どうやらスクールを休んでいた間に出来たお店のようだ。
「し、知らなかった…」
私がショックを受けているとマオが肩に手を置いて励ましてくれる。
「元気出して……また食べに来よう!」
「うん!」
その後カキと合流して私達は近くのテーブルにつくと早速一口頬張った。
サクッとした食感と共にほんのり甘い生地の中にふんわりと柔らかいクリームが入っていて絶妙なバランスを保っている。
「ん〜おいひぃ……」
「本当!すっごくおいしいね!」
「そうだな。これならいくらでも食べられそうだ」
「おいおい、いくらマラサダが美味いからって食べ過ぎると夕飯食べられなくなるぞ」
聞き慣れた声がするといつの間にか隣にククイ博士が立っていた。
「あ、博士!お疲れ様です!お仕事終わったんですか?」
「ああ、今さっきな。それ食べたらそろそろ帰ろうか。」
「はい!」
私はマラサダを食べ終えると皆と別れて研究所へ向かう坂道を下っていった。
ククイ博士は学校帰り、友達と遊ぶ私を必ず迎えに来てくれる。
普段は日が暮れる頃、迎えに来てくれるが、今日はまだお日様が沈む前なので少し早めに来てくれたようだ。
「…な、サナ!大丈夫かい?ぼーっとしていたけど……」
「えっ!?あっ、はい……今日はお仕事終わるの早いなって思って」
「あぁ…正直仕事どころじゃなかったんだ。病み上がりの君がまた倒れてしまうんじゃないかって…そう思ったらいてもたってもいられなくなってな」
ポリポリと帽子をかく博士。
その姿に胸がぽかぽかと温かくなるのを感じた。
「ふふ、ありがとうございます!もう平気ですよ。それに今日はカキに快気祝いでマラサダご馳走して貰ったんで!」
「ハハッ、それは良いな。後で俺もお礼言っとかないと……」
話している間に研究所の前まで到着すると博士は鍵を取り出して扉を開ける。
中へ入るとまず手洗いうがいをしてロフトの自分の部屋へと向かい、荷物を置いて着替えてからリビングに向かう。
「サナ〜!おかえりロト!学校楽しかったロト?」
ソファーに腰掛けると今日一日研究所でお留守番をしていたロトム図鑑が近寄ってきた。
「うん、久しぶりにみんなと遊べてすっごく楽しかった!」
私が話し終えた後、ロトムが身体を右に少し傾けた。
「ビビビッ…サナ、なんか声変じゃないロト?」
「えっ、そうかな?」
自分ではいつも通りの声を出しているつもりだが…そう言われれば若干掠れているようにも感じる。
「うーん、お昼に診察してもらった時にまだ少し喉が腫れてるって言われたけど…」
「そうだったロト?ちょっと見せてみるロト」
「うん。」
私は口を大きく開けてみせる。
すると「ピピッ」という音と共にレントゲン写真が映し出され、そこには喉の奥にある扁桃腺が大きく膨らんで真っ赤になっている様子が映っていた。
「こ、これはひどい炎症を起こしてるロト!早く治さないと大変なことになるロト!」
写真を見るなりけたたましいサイレン音と赤い光を出して慌てるロトム。
「ちょ、ちょっと!大袈裟だよ、ロトム!」
その騒ぎに地下室からドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえてくる。
「どうしたんだ!?何があった!」
「博士ー!緊急事態ロト!!サナが大変ロト!!!」
「サナが?一体どういうことなんだ?」
ククイ博士はロトムの話を聞くと私の前にしゃがみ込んで首元を触った。
「いたっ…!」
「おっと、痛いか……中も見せてもらうよ?
はい、あー…」
ククイ博士の真似をして「あー」と口を開けて見せると彼はペンライトを取り出して私の口内を観察し始めた。
「ああ、確かに炎症を起こしているな……やっぱり今日登校させるのは早すぎたか…」
ククイ博士はそれきり頭を抱えてしまった。
その様子を見て私は慌てて弁明する。
「そんな……私は大丈夫です。だから気にしないでください。」
「いいや、これは俺の責任だ。君に無理させちゃいけないのは分かってたはずなのに……」
「博士……」
手首に触れる博士の手はとても大きくて温かかった。私のことを気遣ってくれていることがよく分かる優しい触れ方だ。
「とにかく今日は薬を飲んで休もう。恐らく…また熱が出るだろうからね。」
「はい……」
その言葉を聞いて私は自分の身体のことながら思わず身震いしてしまった。
炎症が酷いこと、それは即ち高熱が出ることを示唆するからだ。
そして熱が下がらなければ…
「博士、注射は……嫌です」
「サナ……」
思わず博士の白衣を掴んでいた。
行き場のない不安がぐるぐると胸を渦巻く。
「お願いします、注射だけはやめて下さい。本当に痛くて辛いんです。」
白衣を掴む指が真っ白になる前にククイ博士は手を取って、冷たくなった指先を温めてくれた。
「分かった。なるべく打たないで済むようにするさ。でも薬は必ず飲むんだよ?」
「はい……」
注射という言葉を聞いただけで心臓が激しく脈打ち、全身の血流が速くなっていく感覚に襲われる。まるで自分が自分じゃなくなるような恐怖感を覚えるのだ。
「あー!ククイ博士嘘ついてるロト!そんなこと言ってサナが高熱出したら結局注射打つロト!嘘は良くないロトー!」
「ああこらロトムっ!余計なこと言うんじゃない!」
私の前に立ちはだかってそう指摘するロトムと必死に口を塞ごうとする博士。
博士とロトムのやり取りは次第にヒートアップして今では取っ組み合いにまで発展していた。
このまま眺めていてもいいけど、なんだか症状を自覚してから段々身体が怠くなってきたし…
音を立てないようにソファーから立ち上がると、2人が盛り上がっている内にこっそり自分の部屋へ戻った。
ベッドに横になって目を瞑ると、すぐに息が上がり頭がぼーっとしてくる。
この感じだと……多分明日になったらもっとひどくなってるだろうな、と頭の片隅で考えながら枕を抱き締める。
熱が出てしまう前に少しでも眠っておきたいのだがなかなか寝付けなかった。暫くするとリビングからククイ博士の声が聞こえた。
「サナ、起きてるかい?薬を持ってきたんだが飲めるかな?」
「はい……」
博士はテーブルの上に水の入ったコップと薬を置いて、ベッドで横になっている私を起こしてくれた。
「錠剤だから飲みやすいはずだ。ゆっくりでいいから全部飲んでくれ」
「分かりました……」
言われた通りに一粒ずつゆっくりと飲み込む。
その間もずっと博士は側にいて様子を見守ってくれた。
「よし、ちゃんと飲めたようだな。偉いぞ」
そう言って頭を撫でてくれる手つきはとても優しくて心地よかった。
「ありがとうございます……」
「うん、それじゃあお休み。ロトムは連れてくるかい?」
少し考えてから首を横に振った。
「いえ、今はひとりにしておいてください。心配かけたくないので……」
「そうか、わかったよ。彼には俺の研究所で寝るように伝えておくさ。」
「はい、よろしくお願いします。」
それだけ伝えるとククイ博士は部屋から出ていった。
少し経つと段々薬が効いてきたのか瞼が重くなってきた。微睡の中、薄く目を開けると普段机の上の充電器で眠るロトムがいないことに気付いてしまい罪悪感と寂しさが募った。
彼を迎えるためにも早く元気にならなきゃ…
明日には熱が下がっていますように、と祈りながら意識を手放した。